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アンドレ・ゴメス

21番 アンドレ・ゴメス  
21. André Gomes
フルネーム

André Filipe Tavares Gomes
(アンドレ・フィリペ・タバレス・ゴメス)

ポジション セントロカンピスタ プレーゾーン
国籍 ポルトガル
生年月日 1993年7月30日
出生地 グリジョー(ポルトガル)
身長 188cm
体重 84kg
バルサ入団 2016年7月
デビュー戦 2016年8月17日 バルサ対セビージャ(スーペルコパ VUELTA、3-0)
前所属クラブ ベンフィカ(ポルトガル) 2012-15
バレンシア(スペイン) 2014-15 レンタル
バレンシア(スペイン) 2015-16
契約終了年 2021年
移籍金 3,500万ユーロ+成果報酬MAX2,000万ユーロ+バロンデオロ受賞で1,500万ユーロ
年俸 ---万ユーロ(推測)
違約金

1億ユーロ

次世代のクラックと期待されるセントロカンピスタ。

アンドレ・ゴメスは1993年7月30日、ポルトガル北部の海沿いの町グリジョー(ビラ・ノバ・デ・ガイア)で生まれる。ワインの醸成所で有名な町という。彼が少年時代を過ごした2000年初頭は、ドロワ川を挟んだ対岸の街オポルトが国内外で好成績を残している時期だった。当時モウリーニョに率いられたオポルトは2003年にUEFAカップを制覇すると、翌年にはチャンピオンズも獲得。それを見たゴメス少年もまたオポルトのファンとなり、9歳で見事下部チーム入団を果たした。

テクニックに優れたゴメスは順調にカテゴリを上げていき、15歳ではカピタンを務めるようにもなった。しかしオポルトは彼を戦力外にすることを決め、10代半ばはPasteleira、Boavistaとクラブを転々。18歳となった2011/12シーズンにベンフィカのBチームへと入団した。トップチームでの公式戦デビューは2012年10月18日、ポルトガル杯のFreamunde戦。そこからはしばらく、トップチームとフィリアルを行き来する日々が続いた。

2014年4月16日にはポルトガル杯の準決勝で古巣オポルトと対戦し、キャリア最高のゴールの一つを決める。この試合ベンフィカは約60分間を数的不利で戦う苦しい状況だったが、ゴメスのゴラッソが効いて合計スコア3-2で決勝へと進出。リーガなどと合わせ国内3冠を果たしている。

2014/15シーズンは同国人監督ヌノ・エスピリト・サントが率い、彼の保有権を獲得した投資会社の代表ピーター・リムがオーナーを務めるバレンシアへとレンタル移籍。同シーズン4月18日のカンプノウでのバルサ戦で好パフォーマンスを見せたことがルイス・エンリケを魅了し、後のバルセロナ移籍へとつながっていったらしい。このシーズンに公式戦37試合に出場したゴメスをバレンシアは完全移籍で獲得した。

バルサは2015年の夏にもアンドレ・ゴメス獲得を計画したとされる。しかしFIFA制裁があったため、獲得作戦は実行されなかった。2015/16シーズンのゴメスは怪我に泣かされ、クラブも危機状態と期待された成績は残せなかったものの、獲得を決断していたバルセロナは1月より準備を開始。夏にはレアル・マドリーとの争奪戦を制して契約へとこぎつけた。

ポルトガル代表には2014年9月に初招集。2016年のエウロコパでは開催国フランスを破り、欧州王者に輝いた。

【プレーの特徴】

世界トップクラスの攻撃的セントロカンピスタ。視野が広く、テクニックがあるだけでなく、身長188cmの身体を活かした力強いプレーも持ち味。チームのために献身的な働きもできる、総合力が非常に高い選手。バレンシアでの2シーズンは主に左のインテリオールで起用された。

【雑情報】

・父カシミロさんはバルサファン。入団プレゼンテーションの日、アンドレにサイン入りユニフォームを手渡された父は、息子と感無量の熱い抱擁。母マリア・ジュリエタさん、弟ヌノも揃ってクレらしい。

・恋人は同い年のポルトガル人、リサ・ゴンサルベスさん。職業は歯科衛生士?


【獲得タイトル】

  • バルサ
  • スーペルコパ・エスパーニャ(2016/17)
  • ベンフィカ
  • プリメイラ・リーガ(2013/14)
  • タッサ・デ・ポルトガル(2013/14)
  • タッサ・デ・リーガ(2013/14)
  • ポルトガル代表
  • UEFA ユーロ(2016)
  • 個人賞