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ルイス・エンリケ

ルイス・エンリケ  
Luis Enrique
フルネーム

Luis Enrique Martinez Garcia
(ルイス・エンリケ・マルティネス・ガルシア)

ポジション エントレナドール(現役時代はセントロカンピスタ)
国籍 スペイン
生年月日 1970年5月8日
出生地 ヒホン (アストゥリアス州)
身長 180cm
体重 73kg
バルサ入団 2014年
経歴

【選手】
スポルティング・ヒホン 1989-91
レアル・マドリー(スペイン) 1991-96
FCバルセロナ 1996-04

【監督】
バルサB 2008-11
ASローマ 2011-12
セルタ・デ・ビーゴ 2013-14

契約終了年 2017年
移籍金 なし
違約金

 

年俸  

言わずと知れた闘将。チーム再建を託され、ガッツ兄貴がバルサに戻ってきた。

現役時代はセントロカンピスタ(主にインテリオール)として活躍。しかしながらポリバレント性が高く、デランテロはもちろん、時にはラテラルまでもこなすほどだった。バランス感覚に優れながらも、持ち前の熱さでチームを鼓舞。魂のカピタンとしてファンのアイドルとなった。

ルイス・エンリケは1970年、製鉄業が盛んなアストゥリアス州最大の都市ヒホンで生まれる。少年時代はフットサル選手だったルーチョが、スポルティング・ヒホンのフットボルスクール(la Escuera de Futbol de Mareo)に入門したのは11歳のことだった。順調に思えたスポルティング生活はしかし、15歳で一度終了となる。放出対象となったことで、La Brañaのユースチームへと移籍したのだ。そこでの3年間の活躍は、オビエドのスカウトの目に留まる。だが永遠のライバルが彼を獲得しようとする動きに気付いたスポルティングは、エンリケの呼び戻しを決断。こうして彼はスポルティングに復帰し、当時テルセラ・ディビシオンでプレーしていたBチームの選手となる。

セグンダBへと昇格したスポルティングBの中心だったルイス・エンリケが、トップデビューを果たしたのは1989年9月24日、地元エル・モリノンでのマラガ戦でのことだった。翌1990/91シーズンは背番号9のユニを身につけ、デランテロ・セントロとしてプレー。14ゴールの活躍でチームのUEFAカップ出場権獲得に貢献している。

そして1991/92シーズンには移籍金2億5000万ペセタでレアル・マドリーへと移籍。当時では最高ランクの移籍金だったようだ。しかしながら、ウーゴ・サンチェスが君臨し、イバン・サモラーノも加入するマドリーで“9番”として成功するのは難しく、左ラテラルや右インテリオールへの適応を求められたルーチョ。転機のひとつとなったのが1992年のバルセロナ五輪で、インテリオールとして良いプレーを見せた彼に、ビセンテ・ミエラ監督が中盤選手を本職とするように勧めたことが、エンリケの視界は開けた。国内での評価も金メダル獲得で上昇する。

ルーチョのベルナベウ時代で最も輝いていたのは、ホルヘ・バルダーノが指揮を執った1994/95シーズンのことだ。ミチェルの大怪我によって右インテリオールで起用された彼は、左のアマビスカとともにサモラーノへのアシストを連発。リーガ優勝も味わっている。だが栄光の日々は長くは続かず、続く1995/96シーズンはマドリーがクライシス状態に。契約延長交渉も物別れとなり、永遠のライバルであるFCバルセロナへ移籍することになるのだった。

続く・・・

※2015年6月、FCバルセロナとの契約を2017年まで1年延長!


【獲得タイトル】

  • バルサ(監督時代)
  • リーガ(2014/15、2015/16)
  • チャンピオンズ(2014/15)
  • 国王杯(2014/15、2015/16)
  • ヨーロッパ・スーパーカップ(2015/16)
  • クラブワールドカップ(2015/16)
  • レアル・マドリー
  • リーガ(1994/95)
  • 国王杯(1993/94)
  • スーペルコパ・エスパーニャ(1993)
  • バルサ
  • リーガ(1997/98、1998/99)
  • 国王杯(1996/97、1997/98)
  • スーペルコパ・エスパーニャ(1996)
  • レコパ(1996/97)
  • ヨーロッパ・スーパーカップ(1997)
  • スペイン代表
  • オリンピック金メダル(1992)
    個人賞
  • ドンバロン賞(1991)
  • FIFAが選ぶ20世紀の現役選手ベスト100(2004)
  • リーガ・エスパニョーラ最優秀監督 (2015)
  • LFPアワード 最優秀監督(2014/15)
  • IFFHS 年間最優秀クラブ監督 (2015)
  • FIFA年間最優秀監督(2015)