アルバ移籍で合意か

各方面のメディアが、クラブ間の合意成立と報道。

ポルトガルを倒したスペインがまずは決勝へと名乗りをあげ、いよいよ最終段階となってきたユーロコパ2012。それにしたがい、ジョルディ・アルバのバルサ入団発表の日も近づいてきていると考えて(きっと)差し支えないでしょう。バルサ系メディアはもうしばらく前から「確実」と繰り返していましたが、今日にはすでに首都系メディアも「バレンシアとバルサが合意に達す」と報道。交渉ポイントとなった移籍金は1200万+出来高300万ユーロに落ち着いた、と各メディアは伝えています。

ちなみに今回、両クラブの希望が衝突したのは出来高300万ユーロの支払い達成条件です。バルサがリーガかチャンピオンズ優勝を支払いの条件だと主張したのに対し、バレンシアはアルバの試合出場数も加えてほしいと主張。どちらの言い分が通ったのか、あるいは合意に達したのが事実かどうかはまだ不明ですが、ユーロコパでのドン・アンドレスとのコンビネーション&スタミナを見ていると、コウモリさんの希望を受け入れる価値のある選手だと思うところであります。

 

◇アルバ 「バルサでフットボル哲学を学んだ」

27日付の一般紙EL PAISに、ジョルディ・アルバのインタビューが掲載されています。マドリーに本拠を置く一般紙だけにメインはラ・ロハ、あるいはフットボル全般が話題の中心なのですが、バルサ関係についてもいくつか取り上げられていて、なかなかに興味深い内容。そのなかの幾つかをピックアップしてみます。

ジョルディは今から7年前、15歳の時にバルサから”三行半”を渡されています。今も170cmほどとチビッ子選手の彼ですが、メディアプンタをやっていた当時はもっとちっちゃい少年だった。夢のクラブから放出されたショックをどのように乗り越えたのか。ラテラルはこう語っています。「トラウマは全くなかったんだ。僕が怒っていたと言われているけど、それは真っ赤なウソ。僕は8つでバルサに入り、15で出て行った。そういう仲間はそれまでにたくさん見てきたからね、自分の身にも夏ごとに起こりうることだと知ってたんだ。それが起こった時、それほどキツくはなかった。その後はバルサ時代の友人が何人かいたコルネジャへ行ったよ。とてもよく扱ってもらったし、すごく幸せだった」

バルサで学んだどんなことが、今もあなたの中で息づいていますか?この問いにアルバはこう答えました。「全部だね。速いプレー、ボールを受ける前に考えること、技術的なコンセプト・・・僕はバルサでフットボルの哲学を学んだんだ。当時はメディアプンタでプレーをしていた」

スピードある選手になっていったのは、周囲がその持ち味に気付かせてくれたフベニール時代からだというアルバ。少年時代のアイドルはストイチコフだそうです。「彼がバルセロナにいた時はそうだった。その後はパブロ・アイマールのプレースタイルがものすごく好きだったね」

それがバレンシアへと移籍し、ラテラルとして開花したジョルディ。自分がセルジ・バルジュアンと似てると思いますか?と訊ねられ、彼はこうコメントしてます。「そうだね、ラテラルでプレーし始めた頃、チームメイトに彼と比較されたよ。すごく似てるって言われたんだ。彼は僕よりだいぶパワフルだけど、似てるところはあると思う」

突然のコンバート

バレンシア入団当初はエストレーモだったアルバが、ラテラルとなった理由。それはこんなものだったそうです。「(ウナイ・エメリと)前もって話があったわけじゃないんだ。ただラテラルでプレーして来いと言われてね。練習では何度かプレーしたことがあったけど、それだけだった。ヨーロッパリーグのブレーメン戦のことだったよ。マチューが怪我をしていて、アレクシスが先発してたけれど、彼もまた負傷してしまった。するとウナイが僕に言ったんだ。”君がプレーするんだ”。正直、一番に僕が驚いたよ。入団した頃はエストレーモだったけれど、あの時代はトップチームにビセンテやまた、シルバがいて、チャンスを得るのは難しかった。5ヶ月間招集を受けなかったんだ」。エメリはアルバの人生を変えた師匠。

人生を変えたコンバートといえば、ペップ時代のマスチェラーノを思い出します。ジョルディ・アルバの場合も、新ポジションへの適応は容易ではなかったそうです。「でもウナイがとても信頼してくれたんだ。だから僕は適応できた。基本的にデフェンサは90分間プレーしなければならない。その意味では、時々はプレーに参加しなくてもいいエストレーモより要求度は高いね。デフェンサは常に注意を怠ってはいけない。100%の集中が求められるんだ。僕はラテラルがどんどん好きになっている。僕はたくさん攻撃参加してるし、それがまた楽しくてね」

ラテラルの肝、それは上がっていくタイミングです。「それが基本のキだね。ラテラルはずっと上がっているわけにはいかない。いつガンガンいくべきか、どんな時にヤバイかを知る必要があるんだ」。そして同じサイドに「世界最高の選手」と称えるイニエスタがいれば、攻め上がりは「ずっと容易になる」。さらにアロンソとブスケツが背後をカバーしてくれるとなれば、安心感はかなりのものになります。「そう、彼らは救命具なんだよ」

バレンシアとラ・ロハという、異なるプレースタイルのチームで見事に持ち味を出しているジョルディ・アルバは、とても頭のいい選手。デル・ボスケのチームよりもさらにポゼッションを極めたバルサというチームで、攻撃的ラテラルとしてのプレーをさらに極めてちょうだい、ジョルディ!まだ入団が決まったわけじゃないですが、応援してますヨ。

 

◇ESTOPAのユーロ応援歌

ESTOPAというカタルーニャ人兄弟デュオの歌手がいます。ドン・アンドレスと親友であることでも有名な彼らが、ユーロ2012のラ・ロハ公式応援ソングを担当。なかなかにノリの良い曲となっていて、5月末からデジタル版の販売もされています。曲名は”Showtime 2.0″です。

公式応援ソングというだけあって、ミュージックビデオにはラ・ロハの選手たちも複数登場。我らがバルサからはイニエスタ(当然)、ダビド・ビジャ、セルヒオ・ブスケツらが出演しています。決勝戦の盛り上げにいかが?

 

◇イニエスタの結婚式に向け、自宅に戻ったメッシ

レオ・メッシがバルセロナ郊外にあるガバの有名シーサイドレストラン”El Tropical”にて昨日目撃されています。プレシーズンスタートは7月16日なので、かなり早い帰宅となるのですが、その主な理由は7月始めに予定されているドン・アンドレスの結婚披露宴に出席するためだそうです。それにしても早めのカタルーニャ入りなので、我が家での生活がやはり心地よいのかもしれません(勝手な推測)。

ちなみにレオはマドリーでのコパ決勝以降、アメリカ方面を飛び回っています。クラブでの仕事が終わってから数日は故郷のロサリオで過ごし、アルゼンチン代表へと合流。エクアドルでムンディアル予選を、ニューヨークでブラジルとの親善試合をプレーしました。

ここからは完全なるオフとなるのですが、”究極のフットボル少年”であるところのメッシがフットボルから離れられるはずもなく、カンクン(メキシコ)、ボゴタ(コロンビア)、そしてマイアミ(USA)と親善試合やら慈善試合やらを中心となってプレー。その合間には各地のビーチリゾートでも目撃されていまして、充実のバケーションを満喫中となっています。以上、メッシのここまでの夏休みまとめでした。