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2016年12月22日

マドリーの処分は何故軽減されたのか

バルサの失敗を見て対策を練り、得意の政治力で仕上げたか。

2016年12月20日、スイスのローザンヌにあるスポーツ仲裁裁判所(スペイン語でTAS)が、未成年選手の獲得に関するルール違反でFIFAに科されていたレアル・マドリーの処罰を半分に軽減する、との判決を下しました。同じ違反をしていたバルサの主張がTASに認められなかったのに対し、マドリーは冬のマーケットのみ新規獲得禁止という、ほぼダメージなしの裁定。バルサとマドリーは同じ法律事務所に弁護を依頼していたにもかかわらず結果は大きく異なっているわけで、クレとしてはおかしいと不満爆発ですが、マドリーが後発でFIFAとの関係も良かったことが明暗を分けたようです。

FIFAの警告に反発したバルセロナ

今回のマドリーの処分軽減については、バルセロナ系ではMD紙ウェブ、マドリー系ではAS紙ウェブがバルサとマドリーのTAS裁定の違いの理由を書いてます。それらによると、マドリーが上手くやった理由は主に次のようになります。

  • 迅速な対応
  • 状況の正常化
  • TASでの供述
  • FIFAとの関係

このなかでもやはり、バルサの前例を見ているマドリーが状況に上手く対応できたことと、FIFAとの関係が良かったことが重要な要因となったようです。

未成年選手との契約に関してFIFAがバルサを罰することになったきっかけは、彼らが匿名の告発を受けてのことでした。匿名の告発はFCバルセロナが3人の韓国人未成年選手たちとルール違反の契約をしていると指摘。それを受けて調査を行ったFIFAはバルサに違反があると是正勧告したのですが、バルトメウ理事会は国際フットボル連盟が満足するような解答は出さず、2014年4月にFIFAはバルサへと罰金と2回のマーケットでの選手獲得を禁じる命令を出しました。

その処分に対し、FCバルセロナは基本的に“我々は不当な被害者である”との主張をし、FIFAとは対決姿勢をとっていました。ラ・マシアの正当性を語り、自分を含めたクレも、分からず屋のFIFAは○○!と怒っていたように思います。そしてFIFAからの調査対象は広がり(最終的に違反とされたのは33名)、彼らとの関係はこじれていった。TASでの審問会などは、対決ムードでした。結果、TASはFIFAの言い分を支持。バルサは苦しい1年間を送ることになりました。

(追記:バルサの対決姿勢はバルサらしいと思いますが、TASの審問では処分減免を求めるのではなく、どうせならアイデンティティを貫く主張をしてほしかった点が残念)

迅速な適正化

一方で、バルサのラ・マシア問題の顛末を見ていたマドリーは、FIFAからの違反是正勧告に即座に対処したそうです。国際フットボル連盟から調査を受けるとなるや、状況の正常化というやつを一気にやった。カタランフットボル連盟を急かさなかったバルサとは異なり、マドリーフットボル連盟にスペインフットボル連盟へと書類を急いで出させたなどなど。FIFAの求めの全てに迅速に対応したことが、まず第一の違いでした。

マドリーが違反があると指摘された未成年選手はバルセロナより多い39名、MDによると重大違反とされたのは9名でしたが、正常化によって彼らは重大違反をわずか1名に減らすことに成功した、それも効いたようです。バルセロナも外国人少年たちを退団させるなど正常化に取り組みましたが、TASの判事から見ればマドリーは情状酌量の余地があり、バルサはなかったんでしょう。

雪辱を期す法律事務所

後発の利、はまだあります。レアル・マドリーはTASでの審問に臨むにあたって、バルサの件を担当したのと同じカタルーニャの法律事務所 Pinto Ruiz & Del Valle に弁護を依頼しています。このあたりは巧みといいますか、一度同様の件を扱った事務所であれば、前回は何が機能しなかったのかを知っている。プロの弁護士事務所ですから、二度目の挑戦では、必勝の戦略を練って臨んだでしょう。

バルサニュースの過去記事を見てみますと、担当した弁護士さんの名前は異なっています。バルサの時はおそらく元TASメンバーのファンデ・ディオス・クレスポ弁護士とパウロ・ロンバルディ弁護士。一方でマドリーの担当は、ASによるとこちらも元々TASで働いていたルカス・フェレール弁護士となっています。

審問会で供述した顔ぶれでは、バルサの時にいなかったのは憲法を専門とする大学教授と、スペインフットボル連盟の理事です。MDによると教授はスペインで運用されている移籍システムを説明。RFEFの代表とともにTASの判事に情状酌量を訴えたようです。

また、今回は通常は3人で構成されるTASの仲裁人(判事)が、スイス人のミチェル・ベルナスコニさん1人だった模様です。MDを見ると、どうやら仲裁人が3人か1人かは選べるようなのですが、3人制だったバルセロナとは異なり、マドリーは1人のほうがより説得が容易と判断したらしく。それらがまんまと成功したわけです。対策をじっくり立てられる後発はやはり有利だな、と。

FIFAとの円滑な関係

あとは処分を求めるFIFAとの関係性、当然これも非常に重要でしょう。バルトメウ理事会がFIFAへの態度を硬化させ、こうなれば最後まで戦い続ける!と言っていたのに対し(バルセロニスタも賛同していたように思います)、マドリーは控訴しつつもフットボル最高権力組織と円滑な関係を維持しました。そしてバルサが未成年選手の試合出場が禁じられ、ラ・マシアでの居住すら違反とされた一方で、処分の一時停止と少年たちを試合出場を求めたマドリーの訴えはFIFAに承諾されています。

さらに彼らはジョゼップ・ブラッター前会長がFIFAを去り、ジャンニ・インファンティノが新会長に選ばれるやすばやく接近。そもそも裁判所で主張をぶつけ合う両者が良い関係にあれば判決はマイルドになるでしょうし、FIFAが“マドリーは我々の要求によく対応している”と審問会で言えば、判事も「処分軽減すべき」と結論を出して不思議はないです。AS曰く、“レアル・マドリーは今回の問題を国際フットボル連盟との組織的関係を復旧することに活用した”。はあ、さようでございますか。

基本的にASの記事は”バルサはこれこれをやらなかったが、マドリーはやった”で構成されています。なんというか、自慢げ。

一方でMD紙は、TASが処分軽減を公式発表する前日にこの件をスクープとして報じた記事で、FIFAの会長がインファンティノ氏となって以降、マドリーがFIFAへの強力な圧力キャンペーンを行ってきたと述べています。

それによるとマドリーが無敵の強さで鹿島を破り優勝したムンディアリートのために日本に滞在していた時、フロレンティノ・ペレス会長とホセ・アンヘル・サンチェスGMは何度もFIFAの理事たちと面談。双方の戦略が融合することで、処分の軽減へ持っていくことで合意したそうです。同紙曰く、白いクラブはこの数ヶ月間、政治面を基本にあらゆるレベルでハードワークを重ねてきた。まあこのあたり事実は知る由もなく、信じるかどうかは人それぞれですけれど、彼らが不断の努力をしたってのは間違いないでしょう。TASへ行く前から、結末は決まっていたわけです。他クラブの件で長々と失礼しました。