管理人の観戦記
悪夢のユーロクラシコ編
2002年3月、チューリッヒで行なわれたチャンピオンズ決勝トーナメント組み合わせ抽選で、バルサは運に恵まれれば準決勝で毒メレンゲと対戦することになった。
40数年ぶりというユーロクラシコが実現するためにはバルサがパナシナイコスを、メレンゲがバイエルン・ミュンヘンを撃破しなければならないのだが、僕は何故かそれはすでに予定された事実のような気がした。
カンプノウで行なわれる準決勝は4月23日。この日はカタルーニャ地方の祝日、サン・ジョルディの日である。そしてもうひとつ、FCバルセロナが毒メレンゲの100周年の野望を絶望的なものとする日だ。僕の足は旅行会社へと向かっていた。
※数字はすべて2002年当時のものです。
1. ダフ屋か、代理店か。
紆余曲折があったものの、バルサはチャンピオンズの準決勝へと駒を進めることに成功した。そしてメレンゲも。40数年ぶりとなるユーロクラシコがついに実現することとなったのである。やった、僕はすごいものを見に行けるんだ!嬉しさとともにゾクゾクする感じが押し寄せる。こんなチャンスはそうあるものではない。
しかし、そうあるものではないだけにある問題が浮上してくる。そう、チケットである。カンプノウのシート数は約10万席、そしてソシオの数も約10万人。カンプノウの座席は年間シート会員でびっちりと埋まっている。もちろん一般販売はない。この座席を以下にして手に入れるか、これがビッグゲームを見るときに絶えず付きまとってくる問題である。
カンプノウが満員になることはほとんどない。その数少ない例外はメレンゲと対戦するクラシコと、チャンピオンズの決勝トーナメント、もしくは2次リーグ中でも好カードのみ。とはいえ、そのクラシコとチャンピオンズが合体してしまった今回のようなケースは、チケットの入手困難度が極めて高いものとなるのが、レシャックのアタマがはげているのを誰もが知っているのと同じくらい明らかなことだった。
僕は常々チケットはダフ屋で買うのが懸命な手段だ、と言ってきた。代理店を通すより断然安いし、楽しいからである。しかし、今回メディアから伝わってくるチケット争奪戦はこれまでのどれをも超える激しさをもっており、噂されるチケットの値段は800〜1,000ユーロ(約10〜12万円)というものばかり。いつもこの手のニュースは大袈裟なものなのだが、半分が相場としても5,6万円。また、通常のクラシコの相場が150〜200ユーロ(2万円前後)というところからしても、今回はその倍くらいでやはり5万円近くはするのではないだろうか、という読みが僕の中で働いていた。
そして代理店に問い合わせてみたところ、ゴール裏(どこだかわからない)で税込55,000円だということ。多少安く買える可能性はあるが、ダフ屋と交渉する手間、今回の特別な状況に対する不安感を解消できること、などから判断し、そしてチキートの意見も考慮に入れることにより、僕は代理店にチケットを要請することにした。
それにどういう経緯をへて代理店に頼んだチケットが自分の手元に届くのか、というのも体験しておいてもよいかな、とも思っていた。
2. チキート再び。
日本を出発してから15時間、地獄のような旅を終え僕は再びバルセロナへ到着した。ああ懐かしい、プラッツ空港のこの光景。やはりいつ来てもいいものだ。
今回の旅の荷物は普段街で使っているちっこいリュックだけなので、コンベアで流れてくる荷物をじーっと待つ必要などない。飛行機から降りればそのまま何のチェックもなく街へ出撃だ。ふと思うが、日本の入国ってなんであんなに面倒くさいことをやっているのだろうか?それともスペインがおおらかすぎるのか。理由は知らないが、どちらがいいかといえば、もちろんこのノーチェックの方式だ。
ということで颯爽とロビーを経て空港ビルを出る。僕を包むのは4月にしては暑く、そして心地よいバルセロナの風だ。きた〜!ついにきた!ほんとうにきた!バルセロナだ!
しかし、ん?何か違う。何が違うのだろうか?僕は見回した。そうだ、いつも乗るリムジンバスの乗り場所がない。そう、そこはこれまでにいつも到着していたターミナルAではなく、ターミナルBだったのだ。Bにももちろんリムジンバスの乗り場所はある。だがこれまでの経験で僕は知っていた。ターミナルBから乗ろうとすると、Aでほとんど満席になったバスに乗らなければならないのだ。そしてBとAはさほど遠くない。僕は迷わずターミナルAを目指した。
僕は今回、荷物を極力減らすため、日本から短パンを貫いていた。朝5時の日本の始発駅では奇妙な視線を感じなくもなかったが、バルセロナに着けばみんな同じようなものだろう、と思っていた。しかしターミナルAまで歩きながら他の旅行者の姿を見ていたのだが、みんな長袖に長ズボン。僕は世界的に見て気が早かったのだろうか。
そしてAのバス停についてまもなくリムジンバスは到着した。参考までに書いておくと、バスは停留所をほんの少し過ぎて停車する。なので待っている場所は停留所から少しだけ先に進んだ場所がいい。そうすれば真っ先にバスに乗り込めるのだ。乗り方などはチキート編に載せてあるのでそちらを参照。
そしてバスに揺られること20分、僕は再びチキートに到着した。前回はちょうど夏休みにお邪魔したので他の宿泊客は観戦者仲間意外いなかったのだが、今回は通常期間中とあって一般のお客さんばかり。こちらが普通なのだが、違和感を覚える。
Granaさんもカピタンも代わらず元気そうな姿で何より。少し違っていたのは、カピタンの髪型が前回より伸びていたということくらいか。感想はあえてここでは言うまい。カピタンが見てるといけないので(笑)
気になるチケットは、無事チキートに届いていた。代理店が持っているのは年間会員権かと思っていたのだが、そうではなくスポンサーなどに配分されるチケットのようだった。ソシオのカードではなく、それこそこれぞ、というチケットだったからである。運がよければバックスタンドの席を送る、とか言われていたので期待して座席を確認してみると、ゴール裏3階席。ちっ!いつもと同じ場所か。でも今回はいつもの南ではなく、北側ゴール裏である。
このチケットがどうやって自分の手に届くのか、僕は多少不安だった。チケットは自分の宿泊するホテルに直接郵送されることになっていたのだが、チケットを手配した人物はローマから郵送するとか聞かされていたし、もし届くのが遅れれば何の意味も持たないからである。おまけに先週末に依頼をし、土日が間に挟まっている。試合があるのは火曜日だ。代理店は安心、とか言いながらも、結構不安な思いをしている。どっちもどっちだ。
まあなにはともあれ、チケットはきちんと到着していた。あとは明日の本番に向けて、少しでもダフ屋の相場が上がってくれたらこちらの気も晴れるというものなのだが。
3. サイクリング最高!
感動の再会から一夜明け、ついに試合当日がやってきた。とはいえキックオフは午後9時前となっており、昼間は丸々自由な時間がある。観光はこれまで何回も来ているバルセロナなので今回は特にいく気もしないし、何をしようかな、と考えていたところにカピタンから思いもよらないお誘いの言葉が!なんと、自転車で一緒に出かけよう、というものだった。
もちろん迷うことなくOKし、カピタンの仕事が終わるのをテラスで北斗の拳を読みながら心地よい気分で待つ。バルセロナの日差しは4月とはいえ強く、1時間足らずで腕には日焼けの跡がついていた。
そして午後1時過ぎだろうか、カピタンとともにサイクリングに出発。カピタンの行く後をただ着いていけばいいのでらくちん至極。サン・ジョルディの日とあって賑やかなバルセロナの街を、ルンルン気分で自転車で駆けるあの快感。もしレンタサイクルがあれば、是非とも利用されることを僕は強く推薦する。絶対に損はしないと思う。
そしてチキートを出発して15分〜20分くらいで海に到着。歩きなら結構な距離で時間もそれなりにかかるのだが、自転車なので楽チンでしかも早い。それで今回分かったことなのだが、前回は結構遠くまで行ったと思っていた砂浜は全くの入り口だった。バルセロナの海岸線は何キロか分からないが果てしなく続いている。今回はそれこそ歩きでは行く気のしないところまで行ったにも関わらず、それでもビーチの中間地点だ、という。
ということでその中間地点にあるピザ・ハットでカピタンにピザをご馳走になる。ベーコンのピザに、ガーリックトースト、コーラ。地中海とそこで楽しそうに遊ぶ若者たちを眺めながら食べるピザは最高に美味かった。ありがとう、カピタン。
カピタンは天気のいい日はよくここへ出かけてくるという。なんという羨ましい環境だろうか。最近の日本人にはゆとりがなくなっている、と常々感じるのだが、こういう時間や空間が圧倒的に欠如していることが原因ではないかと思う。もう少し生活にゆとりがあれば、あんな殺伐とした空気にはならないのだろうに。
ひとしきり海岸線を眺めたあと、僕らは再び自転車を走らせた。目指すは・・・知らない。ただ今度もついていくだけだ。カピタンの後ろから案内されるがままについていく。フランサ駅、シウターデラ公園を通り凱旋門へ。このあたりはよほどの時間がないと訪れない場所だろうが、今回行ってみて心から思った。いい!とくにシウターデラ公園はナイスだ。言葉ではなんとも言い表せないが、とにかくノンビリとした雰囲気と、開放感。地元の人たちに愛されている、というそんな雰囲気がとてつもなくいい感じにさせてくれる、そんな公園だ。となりには動物園も併設してあるので、時間のある人は行ってみて損はない。
そんなこんなで楽しかったサイクリングも終了。ただ、自転車を持ってチキートまでの階段を昇るのは、運動不足の僕には非常に過酷な運動だった。そのあとシエスタに突入したのは言うまでもない。
4. 20年ぶりの悪夢。
サイクリングとシエスタを終え、バルセロナの街は次第に夕暮れへと、決戦の時へと近づいていた。今回のカンプノウ出撃隊はチキート代表カピタン&Granaさんと、BlauGrana代表ことワタクシの計3名。普段のクラシコなら日程が決まっているのでもっといるのだが、今回は急なことなので見に行く日本人はたまたまか、よほどの物好きかだ。
そしてチキートの階段を下りているところで、他の宿泊客から真っ白になるような一言を浴びせられる。「チケットが2枚100で叩き売られている」、というのだ。ぬぁぁ〜!まさか!直前になれば安くなる、とは想像していたが、まさか100とは・・・。聞かなきゃよかった。アーメン。
スタジアムに到着したのはキックオフの1時間ちょっと前だっただろうか。ふだんならこの時間帯にはダフ屋はもういなくなっているものなのだが、今回はゲートの近くにまだ何人かいる。売れ残っているのだ。高く売れると思ってバカンス代稼ぎにいつもより多く売りに出ているからか。それとも想像以上に尻込みしてスタジアムに行かないソシオ以外の人間が多かったのか。いずれにせよ、こんな状況はカンプノウ以外ではありえないと思う。イングランドでは絶対ありえないだろう。しかしここはバルセロナ。このような事態が平気で起こりえる場所なのだ。悔しいのでダフ屋に値段は聞かなかったが、おそらくかなり安かったと思う。
ここで結論。カンプノウでのチケットは、どんな試合であろうとも絶対にそれなりの値段で手に入る!40年ぶりのユーロクラシコで売れ残っているのだから、間違いはないだろう。
カンプノウの正面入り口付近でカピタンたちと別れ、僕は自分の席を目指した。カピタンたちとは正反対側の、北側ゴール裏、89番入り口を探した。前々回、ダフ屋のじいさんから買ったチケットは見事にメレンゲ用の席だった。まさか2回も続けて同じことはないだろう、と思い見つけた89番入り口。むむむ・・ちょっと見てみると他の入り口とは何か違う雰囲気がする。ということでいきなり入るのを止め、少し離れたところからどんな人たちが入っていくのかを観察することにした。
すると入っていくのはブラウグラーナのシャツを着ていない人たちばかり。いやいや、こっちの人間だってバルサのシャツを着た人間ばかりじゃない。普段着のヤツだって多い。ええい、意を決して入場することにする。入り口のオジサン、こんにちは。ん?なに?なんか言ってる。む?聞きなれた単語があったよ。レアル・マドリー・・・。代理店め、またしても安いチケットを売りつけやがった。オジサンは僕のバルサのシャツを指差し、お前はバルセロニスタだろ、ならあっちのゲートへ行け、と言う。オッチョ・ドス。82番ゲートだ。ほんの少しだがスペイン語を予習しておいてよかった。僕は82番へ向かった。
だが、もし僕がバルサのシャツを着ていなかったらどうなっていたことだろう。オジサンはおそらく僕を通していただろう。そして3階席まで息を切らし階段を上がったところで、恐ろしい光景を目にしていたはずだ。そう、隔離された白い集団の中に、自分がいることを。そうなればもちろんバルサの応援なんて出来ない。目の前にいるメレンゲ族に向かって、「ぷ〜た!」などと叫ぶのは自ら地獄の扉を叩くようなものだ。僕は一生後悔しつづけていただろう。
よかった、バルサのシャツを着ていて。みなさんもダフ屋や代理店を利用したときは要注意です。メレンゲの席は全体の3%ほどしかないが、それでも僕はクラシコで2回続けてメレンゲの席をつかまされている。正規でないルートでチケットを手に入れた場合、用心しておくのが賢明だと思う。
そして82番入り口だが、どういうことか他とは違い長蛇の列が並んでいる。入り口を見てみると、ちょっと開いては閉じ、しばらくしてはまた開き、そういう動きを繰り返していた。なんで?わけがわからない。スペイン語がしゃべれないので周りのおっさんたちに聞く気にもならなかった。英語で聞けばよかったのかもしれないが、待っていれば分かるや、と入り口が近づくのをただ待った。
何分経っただろうか、その疑問が一気に解決されるときがきた。近くで見て気づいたのだが、82番のゲートは自動ドアだった。他のは鉄柵のような手動のドアだ。しかし、82番は自動ドア。しかもドアのようにノブを持って引くタイプではなく、ふすまのように横にスライドして開くドア。そう、もうお分かりでしょう、82番入り口はエレベーターだったのだ。
カンプノウにエレベータ!しかもVIP入り口じゃないところなのになぜ?理由はさっぱり分からないが、カピタンすらどこかにある、くらいしか知らなかったエレベータである。これはいい経験が出来たと思う。120分後にはもっと珍しく苦々しい経験をすることになるのだが。
82番は僕のような人間を収容する入り口なので、スタンドの席はどこに座っても関係ない。幸い僕が行ったときにはまだまだ空席があったので、上のほうの見渡しのきく席を選ぶ。少し離れたところには、危うく入りかけたメレンゲ族どもの席があり、大声でマドリーを応援する叫び声をあげている。そしてこちらからは奴らを罵る言葉が飛ぶ。
そうこうしているうちにキックオフの時間がやってきた。メレンゲ入場とともに激しい口笛がスタジアム中から鳴り響く。そしてバルサ入場。大音響で響くイムノ。バルサ!バルサ!バ〜ルサ!続いてチャンピオンズのテーマソング。ピッチの真ん中ではチャンピオンズの旗がパタパタと振られている。テレビでいつも見る光景だ。感動!そしてカンプノウはバルサを鼓舞するためのモザイクが・・・!し、しかしゴール裏とは言ってもほぼバックスタンドの僕の席からはモザイクが見えない〜!いや、正確にはモザイクの一部であろう白い模様をあげている人しか見えない!む、無念・・・。僕の楽しみはこれでひとつ砕け散った。モザイクを見たい人、そういう人はチケットを手に入れるときに座席の場所も確認しておくことをお薦めします!こんな目にあわないようにね!
試合のことは思い出したくもない。しかし、思い出したくないが、それでも心の中でいつまでも僕をチクチクと刺す光景はある。後半ロスタイム、バルサにとって相当な痛手となる2点目を無情にもバルサゴールに突き刺したマクマナマンの、こちらを挑発するかのように腕を突き上げたあの姿だ。マッカはゴール裏のメレンゲ族に向かってこぶしを突き上げたのかもしれない。だが僕にはこちらを挑発しているようにしか思えなかった。ビデオで確認すればいいのだが、嫌な気分になるので確認はしていない。これからも確認することはないのではないだろうか。
そして数分後に試合は終わった。観客席からバルサに対するブーイングはなかった。バルサは果敢にプレーしていた。ゴールを奪えなかったこと、そして相手にゴールを許してしまったこと以外は非の打ち所のほとんどないプレーをしていた。ただ、メレンゲのクラックは見事に仕事をやってのけ、バルサのクラックたちはそれが出来なかったのだ。内容ではバルサが圧倒していた。
心を支配する空しさに、メレンゲ族の勝利の罵声がビシビシと染み渡る。この野郎〜!僕はやり場のない怒りをこみ上げるのを感じていた。何か投げつけるものはないのか?ポケットを探る。ライターがあった。投げてやろうか?しかし投げたらタバコが吸えない。しばらく葛藤が続く。ペットボトルでも持っていれば間違いなく投げていただろう。しかし不運にも持っていない自分を嘆き、一服しながらカンプノウを後にした。
W杯での無意味な手荷物チェックは大反対だが、危険が予想されるゲームなら少しは致し方ないかな、そう感じた。だって僕でも投げたくなるのだから。日本の善良な、普通のフットボールファンがこれほどに憎しみを感じる場面などそうもないだろうが、接触の危険がある席周辺なら多少の制限もやむないかもしれない。