セスク・ファブレガス

4番セスク  
4. Cesc Fabregas
フルネーム

Francesc Fabregas Soler
(フランセスク・ファブレガス・ソレール)

ポジション セントロカンピスタ(インテリオール)、デランテロ(偽9番) プレーゾーン
国籍 スペイン
生年月日 1987年5月04日
出生地 アレニス・デ・マール(バルセロナ)
身長 179cm
体重 75kg
バルサ入団 2011年(入団は1997年、2003年にアーセナルへ)
デビュー戦 2011年8月17日 バルサ対レアル・マドリー (スーペルコパ、3-2)
前所属クラブ アーセナル(イングランド) 2003-11
契約終了年 2016年
移籍金 2900万ユーロ+出来高500万ユーロ+自腹毎年100万ユーロ×5年
年俸 推定550万ユーロ
違約金

2億ユーロ

言わずもがなの出戻り息子。
8年の歳月を経て、ロンドンからバルセロナへと戻ってきた。

まだ少年だったセスクが世間にその存在を大きく示したのは、2003年のU-17ムンディアルでのことだった。大会MVPと得点王を獲得し、クレをときめかせた当時16歳のセスク。しかし彼はトップチームへの昇格を目指すことなく、ベンゲルの誘いに乗ってアーセナルへと入団してしまう(会長選挙の空隙を突いたドサクサ移籍)。イニエスタですら容易に出番をもらえないトップチームは、この時の彼にとってあまりに高い壁だった・・・・。

バルサ復帰のウワサは絶えることはなかったものの、クラブからの去り方が悪かったこと、06/07シーズンにガナーズと8年という長期契約を結んだこと、なにか煮え切らない態度などから、バルセロニスタには彼を快く思わない向きもあった。しかし10/11シーズン途中から、バルサ復帰は規定路線化。アーセナルの粘りにより、最終的な移籍は翌11/12シーズンとなった。その際には、移籍金の一部を肩代わりもしている(500万ユーロ相当)。

2011/12シーズンからトップ昇格したチアゴとの共存が疑問視されたが、グアルディオラの両者を併用する采配、そしてなによりもメッシとの関係性のよさ、得点力から、獲得を疑問視していたファンも一気に納得させた。しかし最初のイケイケモードが終了した後半戦は悩みの森の迷子となる。ティト・ビラノバのチームとなってからは、答えを見つけつつあったがもう一歩届かず。3年目にはマルティーノ監督に重用されたが、結局これだという起用方法は見付からずに終わった。

バルサのカンテラ育ちなのでボール扱いは巧み。インテリオールで起用されることが多いものの、メッシのように"偽9番"としてプレーすることも可能だ。タタ・マルティーノには“偽9番”のポジションで、メッシの代役として起用されることが多かった。ティトはセスクを"アナーキスト"と表現している。

決定力にも優れており、小技を利かせたバセリーナや、プレミア仕込みのヘッドにより得点を量産している(2012/13シーズンは15ゴールでメッシに次ぐチーム2位)。一時はゴール運に見放されていたが、その呪いもどうやら解けた。相手エリアへの侵入のタイミングが良い選手で、縦への動きが上手い。

カデッテチームでは、メッシ、ピケとチームメイト。ピケ、プジョルと仲がよく、ツイッターにてmocmocトリオとなっている。伸び放題だった髪の毛をいつカットするのかが仲間たちのネタになっていたが、2011年11月30日についに散髪。その模様をツイッターで報告している。

レオとも仲良しで、家族ぐるみでバケーションを楽しむ関係。パートナー同士が姉妹のように仲がいい。

母は実業家。日本食(sushi)が好き。

2013年4月、交際中のDaniella Semaanさんとの間に女児(Liaちゃん)が誕生した。それ以降、ゴールパフォーマンスは右手で作る“L”。

2014年6月、自らクラブに退団を申し入れ、チェルシーへと移籍。


【獲得タイトル】

  • バルサ
  • 国王杯(2011/12、2012/13)
  • ヨーロッパスーパーカップ(2011/12)
  • スーペルコパ・エスパーニャ(2011/12、2013/14)
  • クラブワールドカップ(2011/12)
  • アーセナル
  • コミュニティシールド(2004)
  • FAカップ(2005)
  • スペイン代表
  • ユーロ(2008、2012)
  • ワールドカップ(2010)
  • U-17ワールドユース準優勝(2003)
  • 個人賞
  • U-17ワールドユース最優秀選手(2003)
  • U-17ワールドユース得点王(2003)
  • ブラボー賞(2006)
  • ゴールデンボーイ賞(2006)
  • プレミアリーグ最優秀若手選手(2008)