魅力的なフットボールでバルサを復活させられるか―。
キケ・セティエンの簡単な経歴などです。
QUIQUE SETIÉN | ||
フルネーム | Enrique Setién Solar (エンリケ・セティエン・ソラール) |
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ポジション | エントレナドール(現役時代はセントロカンピスタ) | |
国籍 | スペイン | |
生年月日 | 1958年9月27日 | |
出生地 | サンタンデール(カンタブリア州) | |
身長 | 182cm | |
体重 | –kg | |
バルサ入団 | 2020年 | |
経歴 |
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契約終了年 | 2022年6月 | |
移籍金 | なし | |
契約解除金 | ||
年俸 |
経歴
サンタンデール出身。元選手で、地元のラシン・サンタンデールでキャリアを始めた。ポジションはセントロカンピスタで、創造的なプレーヤーだったらしい。
1985年に移籍したアトレティコでも主力として活躍したが、ヘスス・ヒル会長とけんかをしたことで3年目は干され、CDログロニェスに新天地を求めた。ログロニェスではチームのプリメーラ昇格に貢献。
1992年には34歳でラシンへと復帰し、シーズンベストとなる11ゴールを記録している。
1996年に37歳で現役を引退。ほぼ20年に渡った現役時代ではリーグ戦518試合に出場し、95ゴール。
指導者となり、最初に指揮を執ったのも地元ラシン・サンタンデールだった(2001年。当時2部)。
その後はポリデポルティボ・エヒド(2部)、ロシア代表アシスタントコーチ、赤道ギニア代表監督などを経て、現役時代にプレーしたログロニェスの監督を務めている。2009年からは6年間ルゴを率いた。
指揮官として有名になったのは2015年からのラス・パルマス時代だ。パコ・エレイラの後を継ぎ、降格ゾーンにいたチームを11位に押し上げ残留。ポゼッション重視のフットボールで大きな評価を得た。
2017年にラス・パルマスを退団した後は、ベティス監督に就任。アンダルシアにおいても真っ向勝負のフットボールを採用し、魅力的なチームを作る定評を手にした。ベルナベウでレアル・マドリーを破り、バルサもカンプノウでやられた。
そして2020年1月、エルネスト・バルベルデの後任を探していたバルセロナが白羽の矢を立て、監督就任。失われたバルサ哲学の再興、カンテラーノ育成への期待がかかる。
雑情報
- ・チェスの愛好家で、国際チェス連盟(FIDE)のレーティングは超上級者レベルの2055。
- ・息子のラロ・セティエン(1995年4月8日生まれ)もフットボール選手。父ホセ・アントニオ・ロサノも元選手で、全員ラシン・サンタンデールに所属したことがある。
【獲得タイトル】
- バルサ(監督時代)
- アトレティコ(選手時代)
- スーペルコパ・デ・エスパーニャ(1985)
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個人賞