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「バルサでの私は、私ではなかった」と語るセティエン。メッシの扱いについても

8月のバイエルン戦後に解任された後、初めて公の場に登場する指揮官
デルボスケに対し、厳しく苦しんだバルサ時代を振り返る

キケ・セティエンがバルサ監督解任後で初めてとなるインタビューに答えています。リスボンでの2-8後、まず第一に責任を問われて解任となった彼が語ったのは、スポーツ紙ではなく一般紙である EL PAIS。元スペイン代表監督ビセンテ・デルボスケとの対談記事です。そこでセティエンは、バルサでの自分がありのままでいれず、メッシを上手く扱えなかったことを認めたのですが・・・

バルサ解任後、初のメディア登場

キケ・セティエンは8月17日(月)、チャンピオンズ・バイエルン戦での大敗の責任を問われる形でバルサ監督を解任されています。以後は契約解除を巡ってバルサを訴えたりもしましたが、表舞台からは一歩退き、故郷リエンクレスの自宅で静かな暮らしを送っていた。
それが今回はスペイン国内で最多発行部数があるという一般紙 EL PAIS によるビセンテ・デルボスケ爺(70)との対談企画ということで、メディアに登場した元バルサ監督です。

(ちなみにインタビューが行われたのはジュゼップ・マリア・バルトメウが会長辞任に追い込まれる約2週間前、10月19日)(契約解除について突撃取材を受けたことはある)

バルセロニスタとして興味のあるのは、キケ・セティエンがバルサという特異なクラブでどのように感じ、もがいたのかです。コロナウイルスによる隔離生活期間を含めて、わずか8ヶ月間のバルセロナ生活。彼はそれを「並外れた経験だった」と振り返っています。

デル・ボスケ爺とセティエンは、ひとしきりロッカールーム論をかわしていきます。「大事なのは選手と個人的に良い関係を持つことだと思う」(爺)「厄介で腹黒い選手がどのチームにも1-2名いる」「もしある選手がプレーをせず、説明を求めるなら、その選手に誠実でなければならない」(セ)「ロッカールームにおける本質は正当であること、発言が信頼されること」(爺)「それは時間とともに勝ち取っていくもの」(セ)みたいな感じです。

メッシという存在

そしてデルボスケはバルセロナのロッカールームへと話を向けます。そこにはメッシという特別な存在がいる。キケ・セティエンは言います。

メッシは全ての時代で最高の選手だと私は思う。あなたのチームには他の偉大な選手たちがいたけれど、彼の長年にわたる継続性は、他の誰にもなかったものだからね。もしかするとペレはそうだったからもしれないけれど・・・ 」

「選手のものとは別の側面があり、その扱いが難しい。かなりね。それはマイケル・ジョーダンのドキュメント(ザ・ラストダンス)に見られるように、多くのスポーツ選手に本来備わっているものだよ。思いもよらぬものが見られるんだ」

メッシはとても無口だけれど、彼は自分が欲することを人に見させる。多くは語らず、見るんだ・・・ バルサを去ってからハッキリしたのは、私は特定の瞬間に別の決断をしなければならなかったけれど、まず第一にあるべきはクラブだってことだよ。会長、選手、監督よりも上にあるのがクラブだ。クラブとファン、その2つに最も敬意を向けるべきだ」
メッシ、あるいは他の選手がクラブや選手よりも重要だと考える人々は何百万人もいる。この選手は、周りの選手たちもそうだけれど、14年にわたってタイトルを、全てを勝ち取っているからね」

ふむ・・・

扱いが簡単ではない選手が存在する

そのセティエンの言葉を聞いたデルボスケ爺は、チームスポーツにおいて重要なのは寛容さであり、それが偉大な選手によって示されればチームは勝っていくとの持論を示します。たとえば、勝負の決まった試合でメッシを交代させて他の選手に出場機会を与えるというようなことです。それについてセティエンはこう返しています。

勝ち慣れている選手には、それは難しい。今日のフットボールにおける途方もない要求が、常に勝つことを必要とするという考えを彼や多くの選手たちにしみ込ませているんだ。扱いが簡単ではない選手たちがいるのは事実で、メッシはそのうちの一人だ。彼が全ての時代で最高の選手である点も考慮に入れなければならない。私に彼を交代させるなんてどうしてできるんだい!あそこ(バルサ)ではそういう彼が長年にわたって受け入れられてきて、彼らは彼を交代させなかったのに・・・」

デルボスケはその説明に納得していない風ですが(苦笑)、いくつかの問答を経てテーマはバルサ時代のセティエン自身へと移っていきます。

本来の自分ではなかったバルサ時代

8ヶ月間のバルセロナ暮らし、特にコロナウイルスが猛威を振るって以降は、全く思うようにできなかったと明かすセティエンです。

「ノー。私自身ではなかったよ。自分自身であることができなかった、それが現実だ。バルサのような次元のクラブと契約を結んだ時、世界最高の選手たちがいるにもかかわらず、物事は簡単には進まないであろうことが分かる。私は私であることができなかったし、するべきだったことをしなかった、それが現実だよ。ドラスティックな決断も取れただろうけれど、私がいたような短くて全てがロックダウン後に集中した時間ではなにも解決しなかった」

それまではチームは良かったんだ。多くのことが変わっていったよ。リーガ中断前は2ポイント差の首位で、マジョルカでの復帰戦は上手くいったけれど、状況は複雑化し、マドリーの進み具合が並外れていた。最後は緊張感に負けたよ。ただ、もう一つの文脈や条件において、私が違っておくべきだった状況は幾つかある。考え働くための時間がなかったんだ。もしドラスティックな決断をしていれば、私たちは害を受けていたかもしれない」

2-8はすさまじいダメージを残した。その負けと共にバルサの歴史になるんだ。自分の責任であるところの落ち度は引き受けるよ。これに関してはいつか書く。解任された後、その決定は2-8前に下されていたと知ったんだ。私は全てに気付いた」

そしてデルボスケにまたチームを率いる意欲はあるかと訊ねられたセティエンは、「そんなに・・・ 私は家や、海や、有名になった牛たちといることで喜んでいるんだ。喪はもう終わったよ」と語っておりまして、短かったバルサ生活で相当に疲弊したことが伝わってきます。結果論ですが、引き受けるべきではない仕事でしたね・・・

バルサのエントレナドールは並の重圧ではない。それに耐えられるには特別な資質が必要である。分かっていることですが、セティエンの件は今後の監督選びにおける1つの指標となるでしょう。
爺はラ・ロハやマドリーの監督を務めながらも「監督として苦しんだことは一度もない」と言い切っていますので、さすがですな・・・

 

コメント

  1. 灰色のキツネ より:

    最後の一文に震えました。
    デルボスケさんは「監督として苦しんだ事は1度もない」のですか。
    これが常勝軍団を率いるべき人のメンタリティなんですね。。。

    ジャイアントキリングと言う漫画での、日本代表監督であるブラン監督が、
    「代表監督ほど楽しい仕事はないよ。プレッシャーがあるのは事実だけど、好きな選手を好きなように扱える仕事が他にあるかい?」
    と言って、同席していたUー23の監督を唖然とさせていたことを思い出しました。

    キケさん、本当にご苦労様でした。
    履歴書に大きな傷がついてしましたが、またリーガで活躍する姿を拝見したいです。

  2. アメドリ より:

    最初は威勢良かったけど、だんだんベンチでも悩んでそうだったし、大変なんだろうなとは思っていましたが、正直、興味ないですね。。。

    クーマンも実際今大変だろうなーって気がします。
    本当はメッシ外したいとか途中交代したいんだと思うけど。

  3. トム より:

    キケは、厳しい苦痛に満ちた失敗の経験を、勇気を持って正直に答えたと思います。
    そういう所を、世間は見ている。
    一休みして心の傷を癒やした頃に、きっとどこからかオファーはあるでしょう。