13 Pinto | ||
フルネーム | Jose Manuel Pinto Colorado (ホセ・マヌエル・ピント・コロラド) |
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ポジション | ポルテーロ | |
国籍 | スペイン | |
生年月日 | 1975年11月15日 | |
出生地 | プエルト・デ・サンタマリア(カディス) | |
身長 | 185cm | |
体重 | 85kg | |
バルサ入団 | 2008年1月 | |
デビュー戦 | 2008年4月26日 デポルティボ対バルサ(リーガ第34節、2-0) | |
前所属クラブ | ベティスB 1994-98 ベティス 1998 セルタ 1998-08.1 |
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契約終了年 | 2014年 (2012年12月延長) | |
移籍金 | 50万ユーロ | |
年俸 | ||
契約解除金 | 500万ユーロ |
経歴
ヒザの怪我で長期離脱となったアルベルト・ジョルケラの穴を埋めるため、2008年冬のマーケットでやってきた、いぶし銀ポルテーロ。
レンタルはその夏で終了したのだが、(ジョルケラの回復に不安があるため)ピントには是非とも残ってほしいというコーチ陣たっての願いにより、クラブは買い取りオプションを行使した。これが正解となる。
セルタでの成功:ベティスの育成カテゴリー出身のホセ・マヌエル・ピント。プリメーラでビューは1997/98シーズンのことだった。しかし当時のベティスにはトニ・プラッツが君臨していたため、その翌年にセルタへと移籍。プロとして成功へとつながっていく。
セルタでは長らく正ポルテーロを務め(10シーズン)、2005/06シーズンにはサモラ賞も獲得している。37試合でプレーし、28失点はかなり驚異的な数字だ。
理想的サブGK:バルサにはビクトル・バルデスという守護神がことで出番は限られたものとなったが(出場は主にコパ)、「不満を言わず控えを受け入れてくれる」ベテランの第2ポルテーロが必要というチーム事情にピントはまさに適任だった。一切の愚痴はなく、まさにプロフェッショナル。チームのムードメイカーでもある。
ペップ黄金時代を陰で支えた選手と言える。
ゴールを守った国王杯では、2008/09シーズンと2011/12シーズンの優勝に貢献。
バルサとの契約は1年ごとに更新。2014年5月、FCバルセロナ退団を発表した。6年半、ありがとう!
【その他情報】
・その容貌から、現地でもタオパイパイ(桃白白。某アニメのキャラクター)と呼ばれる。
音楽好きでフットボルの傍らにプロデューサーもしており、2000年には"Wahin Makinaciones"というレーベルまで創設した。
・メッシの親友。レオが第一子チアゴくんを連れて初めて訪れたチームメイト宅が、このピントだった。夏のバケーションもメッシ一家と家族みんなで行ったりする。
【獲得タイトル】
- バルサ
- リーガ(2008/09、2009/10、2010/11、2012/13)
- チャンピオンズ(2008/09、2010/11)
- 国王杯(2008/09、2011/12)
- ヨーロッパスーパーカップ(2009、2011)
- スーペルコパ・エスパーニャ(2009、2010、2011)
- クラブワールドカップ(2009、2011)
- セルタ
- インタートトカップ(2000)
- 国王杯準優勝(2001/02)
- 個人賞
- サモラ(2005/06)