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19 Afellay | |
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フルネーム | Ibrahim Afellay (イブラヒム・アフェライ) |
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ポジション | セントロカンピスタ(インテリオール)、エストレーモ | ![]() |
国籍 | オランダ | |
生年月日 | 1986年4月2日 | |
出生地 | ユトレヒト(オランダ) | |
身長 | 180cm | |
体重 | 76kg | |
バルサ入団 | 2010年12月24日 | |
前所属クラブ | PSVアイントホーフェン(オランダ) 2003-10 | |
バルサデビュー | 2011年1月5日 アスレチック・ビルバオ戦(国王杯) | |
契約終了年 | 2015年 | |
移籍金 | 300万ユーロ | |
年俸 | 推定200万ユーロ | |
契約解除金 | 1億ユーロ |
経歴
オランダの期待の星(だった)。
モロッコの血を引くイブライム・アフェライは1986年4月、オランダのユトレヒトで生まれた。
心のクラブであるPSVへは2003年に入団。その翌年2月にはNACとのカップ戦でデビューを果たし、その10日後にはエールディビジにも初出場している。弱冠17歳でのデビューは、彼のポテンシャルとクラブの期待度の表れだ。
アフェライがPSVの中心選手となったのは2005/06シーズン。その後は常にリーグ戦で24試合以上に出場し、オランダリーグ4連覇(2005~2008)に大きく貢献している。2006/07シーズンには年間若手最優秀選手に送られるヨハン・クライフ賞を受賞。2010年にはカピタンも務めていた。
怪我に泣かされたバルサ時代:
オランダで期待の若手アタッカーがいる、との評判はバルセロナにも届く。
オーベルマルスやコクーといったバルサOBオランダ人たちも太鼓判を押す有望株が、PSVとの契約が終了間際(~2011年6月)というマーケットチャンス。バルサはこれを逃さず、2010年12月24日、300万ユーロのお値打ち価格にて獲得に成功する(当時24歳。移籍合意は11月15日)。
グアルディオラ時代で唯一となる、冬のマーケットでの獲得選手だ。
ペップバルサでは試合後半での出番が大半だったが、入団間もなく連続してプレー機会を得ていることからも、グアルディオラの期待感はうかがえた。2011年5月28日のチャンピオンズ・ウェンブリー決勝においても、92分に(生え抜きのボージャンではなく)3人目の交代選手として出場。これもペップの期待の表れといえよう。
2010/11シーズンのチャンピオンズ準決勝イダ(@ベルナベウ)では、途中出場直後にマルセロをぶち抜いてメッシの先制点をアシスト。良いものを持っているのは間違いないなく、数年後にはバルサを代表する選手となるだろうと楽しみな選手だった。
・・・のだがツキがなく、2011年9月末の練習中に左ヒザ前十字靭帯を断裂。長く険しいリハビリ生活を乗り越え、2012年4月にプレー許可を得るも、シーズンの重要局面ゆえに出番は訪れることはなかった(5試合に出場)。
2012年夏、シャルケへと1年間のレンタル移籍。パフォーマンス自体は良かったものの、こちらでも怪我に泣かされ、出場は13試合(4得点)に止まった。
バルセロナへと戻った後も右太ももの状態は改善せず、筋肉と腱に抱える慢性痛の治療のために2013年8月22日に外科手術。2014年1月に1試合だけリーグ戦に出場するが、フォームの仕上がっていない選手にそれ以上の出番はなく、翌年はオリンピアコスへと期限付き移籍となっている。
2015年夏にはバルサとの契約終了に伴いストークシティへと移籍。怪我に泣かされたバルサ時代だった。
オランダ代表:デビューは2007年3月のユーロ予選。主に控えメンバーとしてユーロ2008、ワールドカップ2010、ユーロ2012に出場している。
プレースタイル
左右両サイドでプレーが可能で、インテリオール以外にもメディアプンタ、エストレーモと引き出しは多いが、中盤にタレントひしめくバルサでは、エストレーモ的に起用されるのが一般的。
持ち味は縦へのダイナミズム溢れる突破。バルサでは遠慮しているふうがあり、ガンガン積極的に前へ突き進んでいく場面はあまりなかった。というよりも出番そのものが限られていたのが実情だ。
その他情報
童顔。
【獲得タイトル】
- バルサ
- リーガ(2010/11)
- チャンピオンズリーグ(2010/11)
- 国王杯(2011/12)
- ヨーロッパスーパーカップ(2011)
- スーペルコパ・エスパーニャ(2011、2013)
- クラブワールドカップ(2011)
- PSV
- エールディビジ(2004/05、2005/06、2006/07、2007/08)
- KNVBカップ(2004/05)