バンバンの 夢が叶った 2012

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オールカンテラーノ実現が夢だったオランダ人監督。

いろいろなことが起こった2012年も、あと数日で終わろうかとしています。メッシのバロンデオロ3連覇、ペップの退団、ティト新時代などなど話題には事欠かなかったバルサ周辺でありますが、11月に偶然にも達成されたアノ出来事もまた、この一年を語る上では外すわけにはいきません。そう、リーガ第13節のレバンテ戦で完成された、ピッチ上の全員がラ・マシア出身の状態、”カンテラロイヤルストレートフラッシュ”(勝手に命名)であります。これはその10年以上前にチームを率いた、バンガールにとっての夢でもありました。そこで一句。バンバンの 夢が叶った 2012。

ラ・マシア出身選手ばかりの61分間

1997/98シーズン、ボビー・ロブソン監督の後任としてルイス・バンガールはカンプノウへとやってきました。当時、黄金期のひとつを謳歌していたアヤックスからの鳴り物入りでの監督就任。そして彼はチームのオランダ化(とエキセントリックなキャラクター)によってバルセロニスタからの総スカンを食らうことになるわけですが、その時に密かに現在の成功へとつながる種まきをしてくれていたことは、一つの事実として高く評価しなければなりません。より痛々しい記憶としてクレの記憶に刻まれている2002年の第二次政権も含めれば、チャビ、プジョル、イニエスタ、バルデスらがバンバンの手によってトップデビューを飾っています。

暗黒時代、ライカーとロナウジーニョによる復活期、そしてペップ・グアルディオラ到来による大黄金期、現在のティト時代へとつながる10年余、バルサはカンテラへの哲学を棄てることなく、強化してきました。SPORT紙の記事によれば、クライフの監督就任(1988年)以来、106人のカンテラーノがトップチームでプレーし、うち31人がチームに定着しているそうです。ちなみに各監督がデビューさせたカンテラ選手数は、クライフが32人、ライカーが29人、グアルディオラが22人、そしてバンガールが14人となります。

しかしながら、ほんの数年前までは、ピッチ上の全員がカンテラーノなんていうのは正直夢のようなものでした。そりゃあ、思い切り狙ってやれば出来なくはないけれども、競争力を維持しつつ、その時々でのベストメンバーを組んで、結果としてオールカンテラになるのは結構難しい。過去、夢に最も近づいたのは2011年の12月のことです。チームがクラブ世界一となった4日後のオスピタレとのコパ1/16ファイナル・ブエルタにて、グアルディオラはカンテラ10人先発(ピントのみ非カンテラ)を完成させました。途中出場も全員カンテラーノというすばらしさでした。

※ピント、プジョル、ピケ、フォンタス、ブスケツ(ドスサントス)、チャビ(テージョ)、イニエスタ(セルジ・ロベルト)、チアゴ、セスク、クエンカ、ペドロ

そして2012年11月2日のレバンテ戦にて、”カンテラストレートフラッシュ”、あるい”カンテラ九蓮宝燈”は完成します。先発はバルデス、アルベス、ピケ、プジョル、ジョルディ・アルバ、ブスケツ、チャビ、セスク、メッシ、イニエスタ、ペドロの10人カンテラーノで、14分にアルベスが負傷交代し、モントーヤが入ったことで11人に。この状態は75分にアドリアーノがアルバと代わって入るまで、61分間続いています。

「正直、実現は無理だと思っていた」

さて、前置きが長くなりましたが、ここからがいわば本番です。当時はバルセロニスタに多くの反感と、わずかな好感を残してオランダへと去っていったルイス・バンガール。当サイトでも昔は”毒チューリップ”なんて呼んでいた彼なのですが、時間は薬とでもいいますか、最近はけっこう感謝なんてするようにもなっています。なんといってもチャビやイニエスタたちが、敬愛しているミスターでありますから。そんなバンバンへと”カンテラストレートフラッシュ”の感想を聞くべく、SPORT紙がKNVBのオフィスへと電話取材を行っていますので、ちょいと覗いてみましょう。

オランダ代表監督はまず、こう言っています。「バルデス、イニエスタ、チャビ、プジョル、モッタは若い頃から将来有望だったよ。私はバルサで働いていた時、チャビに、もしバルサがいつかカンテラーノ11人でプレーするようになったなら、君がその象徴になるだろうと言ってたんだ。当時の私はトップチームの責任者だったけれど、若者たちの責任者でもあった。正直、私は驚いたよ。レバンテとの試合後、チャビが私の言葉を思い出してくれたんだからね。それはチャビのような選手たちが、このクラブの文化を気にかけていることを意味している」

バンガールはかつて、カンテラーノ11人のバルサを見るのが夢だと言った。では彼は、それが可能だと思っていたのでしょうか。「正直なところ、無理だと思ってたね。バルセロナでは常にすばらしい結果を期待されるものだし、そのためには何人かの選手を獲得する必要があると思っていた。これは驚くべきことだよ」

ではバンバンは、自らのデビューさせたチャビやプジョル、イニエスタ、バルデスが現在のようなチームの骨格になると予想していたのか。彼は言います。「チャビやイニエスタは、最高クラスの選手になるだろうと信じていた。チャビはブレシアへと移籍したグアルディオラの後任だった。イニエスタはブルッハス(ブルージュ)戦でデビューしたね。けれども私は、プジョルやバルデスといった選手たちもリスペクトをしていたんだ。より才能ある選手は何人もいたけれど、彼らはメンタルで勝っていた」

これからもタレントは尽きない

ラ・マシアはこれからも、彼らのようなクラックを輩出し続けることができるのでしょうか。「次世代以降も、ラ・マシアがタレントを生み出し続けることに、私は一切の疑問を抱いていないんだ。何故なら、フットボルバッセの仕事ぶりはファンタスティコだからね。メッシがその一つの例だけれど、ペドロやブスケツもそうだ。そしてこれからさらに多くの選手が出てくることだろう。ラ・マシアは才能を生み出すことを止めたりはしないさ」

バンガールさん、今でも教え子たちとは連絡を取り合っていますか?「個人的な連絡は減ってるね。イニエスタは私を結婚披露宴へ招待してくれたけれど、私は腰の手術をしなければならなかったんだ。もしそうでなければ、絶対に出席してたんだけれどね。プジョルは時々メールを送ってくれてるよ」

スペインもオランダもきっと、ムンディアル2014年大会への切符を手にするでしょう。もし両国がブラジルの地で対戦することになれば、バンバンにとって感慨深いものとなりそうです。「もちろんそうだろうね。2010年の南アフリカムンディアルでもそうだったよ。私はオランダ人だけれど、スペインの選手たちのことも誇りに思っているんだ。特に自分が指導をしていた選手たちのことはね」

そして最後の質問です。グアルディオラやティト・ビラノバ率いるバルサを見る時、バンガールは自らの率いていたバルサのことを思い出すのか。ミスター・チューリップはこう答えました。「今のチームと、10年以上前のチームを比較することはできないよ。私の時と同じスタイルもいくつか見受けられるけれど、今の成功が今の監督たちの力によるものなのは明らかなんだ」

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