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ファン・カルロス・ウンスエ、難病ALS罹患を公表

バルサの元第2監督が、筋萎縮性側索硬化症を患っていることを発表
フットボールを離れ、ALS患者チームと“契約する”考えを明るく強く語る

2020年6月18日の現地13時、カンプノウ敷地内にある多目的ホールといいますか、アウディトリ1899にて会見が開かれました。会見席に座ったのは、ルーチョチームで第2監督を務めたファン・カルロス・ウンスエ。難病で知られるALS(筋萎縮性側索硬化症)を患っていることを発表するための会見でした。嗚呼なんという。

筋萎縮性側索硬化症

昨夜(18日)なんとなくSPORTやMDのニュースを見ていたら、今日(日本時間20日AM5時)のセビージャ戦にセルジ・ロベルトフレンキー・デ・ヨングが招集外になったとの知らせとともに、ファン・カルロス・ウンスエがELA罹患を発表したとのニュースが大きく報じられていました。

ELA(Esclerosis Lateral Amiotrófica)。スペイン語では分からず、なにかと思い調べてみたらALS(Amyotrophic Lateral Sclerosis)、日本語では筋萎縮性側索硬化症・・・。
ウィキペディアによると「重篤な筋肉の萎縮と筋力低下をきたす神経変性疾患で、運動ニューロン病の一種。治療のための有効な治療法は現在確立されていない」難病です。

僕の世代では、物理学者のスティーブン・ホーキング博士。2014年に流行したアイス・バケツ・チャレンジはこのALS患者を支援する運動で、バルサ選手たちも多く参加してましたが、なにやらやっているなという程度で病気に関心を抱いていなかった。
今回はウンスエの件をきっかけに、他にも多くの著名人がこのALSに罹患していることを改めて知り、自分の無関心を反省したところです。

「この難病と共に生きる精神的な強さがある」

ファン・カルロス・ウンスエの重大発表を見守るべく、アウディトリ1899には彼の家族、友人たち、元チームメイトたち、クラブ関係者などが多く出席しました。元バルサコーチは言います。

「私があなたたちに言いたかったのは一つだけ、私がALSに罹っているということです。私の場合、影響が現れているのは四肢、両腕、両手、そして両脚。いま現在では病気の進行を遅らせる薬を除き、この病気に治療方法はありません」

「おそらくあなたたちは、私が何故公表するのかと訊ねるでしょう。理由は2つあります。現在の状況のため、私は友人知人たちの大半に、自分の健康状態について直接告白することができなかった。彼らはラジオやテレビを通じて知り、より落ち着いていられるでしょう。私が病に上手く対処していること、この難病と共存するための精神的な強さがあることを、私を知る全ての人たちに請け負うことができます。そしてこの瞬間まで人生が与えてくれたもののおかげで、自分が恵まれていると私は感じているのです」

強いです、ウンスエ。難しい会見なのに、表情も明るいですし。
彼はこうも言っています。

「ALSや他の表面に現れない病気はそこに、どんなところにもあるのです。国やイデオロギーに関係なく、罹る可能性がある。これが私の一つめの動機でした。二つめには、病気になって分かった、私たちの国においてはALSがほとんど表面に出てこず、患者にとって大きな困難になっていると伝えることです」
あるチームの監督をすることは、私の目標とはならない。私の監督時代は終わりました。私はこれから地味ながらも非常にコミットしたチームと契約をする。それはALSの患者チームです。この国には4,000人のALS患者がいて、この補強マーケットは不幸なことに動きがとても多い。私たちには毎日3人の新顔が加わり、毎日3人のチームメイトを失っているのです」

「私が注目したのは、大きな困難にも関わらず、ALS患者が生き続け楽しみ続けることへの強い意欲をもっていることでした。打ち倒れていくように見えている時であっても、人生には苦労する価値がある。ここにいる全員が今朝目覚めた、私にとってはそれが本質なのです。私は愛する人を亡くしたすべての人たちにハグと愛情を送ることに活かしていく。パンデミックは自分たちが思っていたよりも弱いことを教えましたが、一緒に進むことで私たちが強さを持つことも教えました。私たちはソリッドなチームになるべきだと思う。弱いと感じている人たちが、より強い人たちによってサポートされていると感じるためにです」

訳が間違ってたらごめん、ファン・カルロス
ウンスエによると、ALSだと最初に診断されたのは昨年の夏。そして今年の2月に罹患が確認されたそうです。診断後の平均余命はおよそ3~5年という。
そういった状況の中、この会見で彼が示した意思の強さは感嘆すべきものですし、見習っていければと思います。困難に直面したときは、彼の強さを思い出したい。

三冠チームの第2監督

ファン・カルロス・ウンスエ(53)は元フットボーラーで、現役時代のポジションはポルテーロ(GK)でした。バルサには1988~1990年に所属(出場5試合)。名を馳せたのは222試合に出場したセビージャ時代で、ここではディエゴ・マラドーナと同僚だったそうです。

現役引退後はポルテーロコーチとなり、フランク・ライカールトペップ・グアルディオラのチームスタッフに。その後はヌマンシア、ラシンの監督を経て、2014年にルイス・エンリケのアシスタントとしてカンプノウに復帰、2017年にセルタ・デ・ビーゴ、そして2019年にジローナを指揮しています。

今回の会見には“ボス”だったルイス・エンリケのほか、ジュゼップ・マリア・バルトメウ会長、ジェラール・ピケ、ジョルディ・アルバ、セルヒオ・ブスケツ、セルジ・ロベルト、カルラス・プジョル、そしてキケ・セティエンらが付き添っています。

 

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