メッシ 明かす「自分の可能性を信じてたから、バルセロナに残りたかった」

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アルゼンチンのテレビ局の番組で、食事や家族、バルセロナに残る決断、引退後のことなど内面的なことを語ったレオ

「僕は可能性がホンモノだと確信していた。だからバルセロナに残ると父に言ったよ」。世界最高選手としてフットボール界に君臨するキング・メッシが、ここまでたどり着くまでには、幾つもの決断を経てきたことでしょう。

最初の大きな分かれ道は少年時代。バルセロナに残るか、アルゼンチンに帰るかの二択。父にどちらを選ぶか訊ねられたレオ少年は、「残りたい」と答えました。

今回レオ・メッシは、アルゼンチンのテレビ局 AMERICA TV の対談番組 LA CORNISA に出演。
夏のムンディアル・ロシア大会で悲願の優勝を目指すアルゼンチン代表について語っています。
が、クレとして特に興味深いのは、バルセロナやプライベートな面について言及している点です。

毎晩のホルモン注射

たとえば、少年時代に打たなければならなかったホルモン注射について。成長ホルモンの分泌が不足し、低身長だったメッシは毎日、治療のための注射を打たなければなりませんでした。

「毎晩、脚に注射を打ち始めたんだ。まずはこちらの脚、次の日はこちらって具合にね。自分で打ったのは12歳頃。特に驚きはしなかったね。本当だよ。最初のうちは両親にしてもらっていて、方法を習ってからはひとりでやってた。すごく小さな針のついたボールペンみたいなタイプで、痛みはなかった。毎日しなければならないルーチン作業、普通にやってたね」

自分の可能性を信じ、バルセロナに残った

バルセロナへと移り住んだレオ・メッシにとって、新しい街への適応はさほど苦にならなかったようです。しかし家族はそうでもなく、故郷へ戻る案が浮上した。バルサで夢に挑戦する異国の家族には、そう珍しくない問題です。
レオ少年はここで、人生を左右する大きな決断をすることになりました。

「バルセロナへと来ることに、僕はそんなに苦労しなかったんだ。すぐに順応したよ。でも家族はそうはいかなくってね。兄たちは大きかったし、アルゼンチンですることもあったから、戻りたがった。時が来ると帰っていったよ」

「妹は小さかったし、学校に馴染めずにいてね。父と母が戻るべきだと決めたんだ。それで僕は父と二人で残った。父は僕に、“俺たちはどうする?お前が決めなよ”って訊ねたよ。僕は父に“残りたい”って言った。僕には確信があったし、自分の(バルサで成功する)可能性はホンモノだと思ってたからね」

その確信が、レオを世界最高選手へと導いた。後のフットボール界にも大きな影響を及した決断でした。

「以前は長い間、ダメなものを食べてた」

レオ・メッシはまた、このインタビューの中で個人的な“打ち明け話”もしています。
そのひとつが食習慣に関するものです。
とはいっても、“食事改革”を行う前のレオの食事内容がヒドかったことは、有名な話ですけれど。

「なにを食べていたかは覚えてないけど、長い間、ダメなものを食べてたよ。22歳、23歳でチョコレートとか、アルファホール(クリスマスに食べるお菓子)、炭酸飲料とかね・・・ いまはお肉に魚、野菜と良いものを食べてる。時々ワインも少し飲むけど、それはどうってことないさ。いける時は、飲んでる」

特に嘔吐に関しては、変化をすごく感じてるね。いろいろと言われたけど、最終的に自分で上手くやって、もう吐かなくなった」

嘔吐はいわゆる“第二次食事改革”。
2014年のムンディアル・ドイツ大会で悔しい準優勝に終わり、イタリア人のドクターにかかって食事改善。以来、スリムにもなってパフォーマンスが向上しました。

ちなみに、アルファホールはこちらになります。
日本でいうところのチョコパイみたいな感じ? すごく甘そう^^

子どもが生まれ、成熟した

メッシはまた、家族や家族がいることによる心境の変化(いわゆる成熟)についてもたくさん語っています。

最後に泣いたのはいつか?二人目のマテオが生まれた時は、嬉しくって泣いたよ。(第1子)ティアゴの分娩は期待したようには運ばず、難しいことになったんだけど、マテオの時は落ち着いていた。三人目のシロの知らせも、ものすごく幸せだったね」

子どもたちと遊ぶことで、あらゆることを忘れられる。妻や家族といると、その他のことは二の次になるね。一人目の子が生まれたことで、僕はフットボールだけに閉じこもらなくなった。もちろん負けるのも引き分けるのも好きじゃないけど、今はそれらを別の方法で捉えてるんだ」

一つの結果より重要なのものがあるし、いつも勝てるわけでもない。誰もが勝って優勝したいと思うけど、フットボールはサプライズに満ちていて、良いほうが常に勝つわけじゃないから。一つのことが終われば、また別のことがある。いつも勝てない、僕はそれを学んだよ」

成熟といえば、フットボールに関してもそうです。
メッシが決定的であることに変わりはないですが、自分が決めるだけでなく、周りを動かすことをレオは学びました。

ゴールを決めたかどうかで、プレーの良し悪しは決まらない。ゴールを決めてもダメな試合は時々あるしね」

以前はボールを奪って、自分のプレーをしようとしていたんだ。でも今は、チームをもっとプレーさせようと頑張ってる。ボールがもっと自分を通っていくようにして、あまりエゴイストにならないようにしてる。少し後ろのポジションから、チームを動かそうと試みてるよ」

「以前より走ってる?ノー。走ること自体は、いつもしてきたのと同じようにしてるよ。違ってるのは、やり方なんだ」

自然体で暮らすこと

スーパースターゆえに世間の注目を集めてしまうメッシですが、今は視線もそう気にならなくなっているといいます。「起こってることは全部話す」という家族が「いつもいる」ことが、メッシの心を落ち着けているのでしょう。あとは対処法の体得。レオはいいます。

「自然に捉えてるね。そういう暮らし方に慣れたんだ。自然体にして、いちいち考えない。いつだって視線を向けられてるんだからね」

不必要な騒ぎを起こさないことも、メッシの信条となっています。

「自分がなにかを言ったり話したりすると、あらゆる反響がありえることや、いろんな解釈をされうることは自覚してる。だから自分がいっさいの混乱を生み出さないよう、問題に首を突っ込まないようにしてるんだ」

メッシがバルサ選手として前日会見などに滅多に出てこないのも、そういう理由があるんでしょうか。
第2カピタンなので、時には決戦前にファンを鼓舞してほしいなと思う時もありますけれど。

そしてゴールを決めた際の、両手で天を指さす仕草について、メッシはこう説明しています。

その瞬間は、祖母を思い出してる。それに神が僕に与えてくれたもの全てに感謝をしてるんだ。フットボールに関してだけじゃなく、人生において与えてくれたものに」

引退後のこと

ちなみに、フットボールから引退した後のことは「分からない」としつつも「仕事の関係で今できないことを全部やりたい」というメッシ

それがバルセロナなのか、故郷のロサリオなのかも分からないというクラックは、アルゼンチンの現状を次のように嘆いてもいます。

「ロサリオに戻って、小さな頃に出来なかったことを自分の街で楽しめれば、と考えるけれど、治安の悪さを心配してる。時計や自転車一台のために殺されるんだ。あらゆるところで盗難があって、なにか起こるかもと注意を払う必要があるから、僕がチビだった頃のように出歩くこともできない」

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