スポンサーリンク

サンドロ・ラミレス

努力と根性で上ってきた、9番タイプの点取り屋。

一週間前のムニール・エル・ハッダディに続いて、この週明けのクレ的関心を大いに集めているのがサンドロ・ラミレスです。

ネタに工夫のいるFIFAウイークに入るこのタイミングでの新星の登場は、メディアとしてはちょうどいい話題なのは間違いないですが、若い衆の活躍は新時代の予感を分かり易く感じさせて単純に嬉しい。とくにバルサにはFIFAによる補強禁止処分がありますので、カンテラーノたちの台頭はチームを底上げする上で非常に重要な意味を持ってきます。

夢の第一歩を実現しようとしている若者がどんな選手かも興味がありますし、ここまでの経緯を知ると、サンドロは応援したい気持ちにさせる選手でありました。

グランカナリア出身のデランテロ

サンドロ・ラミレスについてウィキペディアのスペイン語版を見てみますと、彼は次のように紹介されています。

“出身はペドロ・ロドリゲスと同じカナリア諸島のラス・パルマスで、1995年7月9日生まれの19歳。身長175cm、バルサBに所属するデランテロ。ウニオン・デポルティバ・ラス・パルマスのインファンティルチームに在籍していた2009年にFCバルセロナのスカウト、ジョルディ・グリスに見出され、ビクトル・サンチェス率いるカデッテBへと入団。機動力とテクニック、得点力のあるデランテロとしてNIKEプレミアカップ優勝に貢献した。

フベニールBでプレーをしていた2011/12シーズンに半月板を手術し3ヶ月の離脱。しかしながら持ち前の得点力によってその逆境を乗り切り、2013年にはフベニールAの7人のチームメイトたちとともにバルセロナBへの昇格を果たした”。

なんのことはないシンプルな記載ですが、実はこの裏に、クレをニヤニヤさせるエピソードがあったと紹介するのが2日付のSPORT紙です。

マドリーが逃したキラキラ星

それによるとサンドロ・ラミレスはバルサ入団前、レアル・マドリーが獲得する可能性があったのだそうです。

ラス・パルマスの下部チームで名前を売り始めていたサンドロに目を着けていたのは、バルサのスカウトだけではありませんでした。レアル・マドリーもまた、カナリアに将来有望な少年がいるゾということでラミレス家を訪問し、首都の輝かしいクラブへ来ませんか、とオファーを提示してます。

ただ残念なことにSPORT紙曰く、この時のエル・ブランコさんのオファーは実にショボいものだった。これが続いてやってきたバルサのオファーの、引き立て役になったみたいです。

バルサはこの時、バルサスクールの副ディレクターであるファン・カルロス・ブエノと、元フットボルバッセ責任者のアルベルト・ベナイヘスがより真剣なオファーを携え、ラミレス家を訪れています。

そしてラ・マシアがどんなところかを説明し、サンドロ少年(当時14)と彼の両親はそれに納得。まだ幼い息子を遠いカタルーニャへ行かせることに母は迷いがあったのですが、サンドロの熱意に母も了承したみたいです。で、彼はマドリーさんに断りを入れ、FCバルセロナの門をくぐります。

エルチェとのリーガ第1節でデビュー戦ゴールを決めたムニール・エル・ハッダディも白組さんの申し出を断ってバルサ選手になっていますし、このサンドロまでもがデビュー戦ゴールで続いたとなれば、ラ・ファブリカ責任者さんの心中は穏やかでないかもしれません。

が、MD紙の説明では、マドリーは当時ヘセ(同じくラス・パルマス出身で、2007年にバルサを蹴ってマドリー入団)を優先していて、サンドロ獲得には本気でなかったようなので、さほど悔しくないかな。

いずれにせよ、今レアル・マドリーの下部組織出身者で先発起用されているのは2人しかいませんし(カシージャスカルバハル)、フロレンティノは相変わらずの銀河系路線ですから、トップチームでの成功への扉がより開いているのはムニールサンドロの方でしょう。

ヘセ先輩は昨シーズン、公式戦31試合に出場して8得点(リーガは18試合で5得点)の成績を残していますが、19歳ではまだカスティージャ所属でしたので、サンドロたちがちょっとリードですかね。

ちなみに、バルサも当初はサンドロの獲得には懐疑的だったらしく、ジョルディ・グリスさんはクラブを説得するのにだいぶ苦労したのだとか。

メッシが偽9番として爆発していた当時、サンドロのような9番タイプが果たして要るのか?というのがその理由だったのですが、ラミレス少年のプレーを生で見ることで下部組織のディレクターたちも納得。迅速に契約へと至っています。

ルーチョバルサが日曜日にエル・マドリガルを攻略したのも、5年前のジョルディ・グリスさんの熱烈な推薦があったから、と言えましょうか。

ダビド・ビジャ、あるいはエンリク・ラルソン

ちなみに、同じくSPORT紙によりますと、サンドロ・ラミレスの少年時代の目標はラ・ロハの英雄ダビド・ビジャだったそうです。
飽くなきゴールへの渇望が、たしかにサンドログアッヘの共通点とのこと。MD紙は彼がかなりビジャ的であると紹介しています。

しかしながらSPORT紙の記すところでは、サンドロを知る者はむしろ彼がビジャではなく、エンリク・ラルソンに近い特性を持っていると強調。たとえばラス・パルマス育成部のディレクターである“トノノ”ロドリゲスさんは、次のようにコメントしています。

サンドロは決定的なパーソナリティと勝者のキャラクターを持っていて、とても外向的で、今では消滅しかけている価値を持っていたね」
「彼はフットボルのために生きていたし、上手くなることに取り付かれている。以前飛行機で一緒になった時は、基礎技術の向上について話しをしたよ。彼は今も、私たちのところにいた頃と同じ希望を抱いてる」

そして彼をバルサに知らせたスカウトのジョルディ・グリスさんもまた、「マークの外し方と両足でのシュートが際立っている」、「彼にはハングリーさがあり、いつでもスペースを見つけ出す能力がある。誰よりもマークを外すのが上手い」と評価。

強靭な精神力と巧みなマーク外し、スペースを見つける絶え間ない動きと観察眼、それらがサンドロラルソンを彷彿とさせるデランテロにしているようです。

その精神力の証明として紹介されているのが、ウィキで簡単に触れられている半月板の負傷です。

サンドロは2011/12シーズンには右ヒザを、2013年にはさらに左ヒザの半月板を痛めているのですが、それは想像するだけでも相当に困難な状況。しかし彼は“ベテランのごとき成熟”でリハビリを終えただけでなく、怪我前よりも筋肉を強化するべく、物理療法士たちにもっとハードなメニューを!と求めていたのだそうです。

あのサンドロの19歳離れした風貌が、そういった克己や精神力の表れであるなら大いに納得します。

正直なところ、地味な選手。
フベニール時代もバルサBでプレーしていた去年も、メディアに優先して取り上げられるのはムニールでありドングウでした。

しかしここへきて訪れた夢を実現する大きな機会。ルーチョサンドロの根性や努力を評価しているのは伝わってきますし、彼が泥臭くトップチームに定着していくことに期待しつつ、出場の際にはささやかながら応援したいと思います。

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました