チアゴ去る

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2,500万ユーロをクラブに残し、ペップのバイエルンへ。

覚悟していたニュースが、ついに訪れました。チアゴ・アルカンタラの移籍に関し、FCバルセロナとバイエルン・ミュンヘンが合意、移籍金は2,500万ユーロで云々・・・。

マンチェスター行きの話しが出てからもう1ヶ月ほどが経過しましたので、やっと決着が付いたかと思う反面、有望な若者が裏門からクラブを去ったことに寂しさを禁じえない雨の月曜(海の日)であります。

違約金を700万ユーロ上回る2,500万ユーロを得られたのはまだ良いとして、イスコが3,000万、イジャラメンディが3,900万ユーロですから、勿体ないオペレーションであることに変わりはないです。

過去に無いケースでの退団

チアゴ・アルカンタラの行方を決めたのは、ペップ・グアルディオラの介入でした。

それまではほぼユナイテッドで決まりと言われていたアルカンタラの長兄でしたが、ダビド・モイーズ新監督が最後の一歩を踏み切れず、交渉が停滞していると見たペップがズバッと一押し。あとはとんとん拍子に進んでいます。

もしマンチェスターを選んでいたなら、安易な選択をしましたね・・・とあまり応援できない感じだったでしょうが、カリスマ率いる欧州王者バイエルン行きですから、幸運あれと(複雑な心境ながらも)見送れそうです。ペップならきっと、野心家ボーイを上手く導いてくれましょう。

いよいよ念願のトップ昇格を果たした2011年夏、「僕の夢がバルサで成功することだと言えばウソになる。僕はフットボルで成功することを夢見ているんだ」とぶっちゃけ、発言が誤解を招いた、と後日修正するプチ騒動を起こしていたチアゴです。

その時から、こんな日が訪れるんじゃないかとうすうす予感してはいましたが・・・ それに至る展開、バーゲン価格となった違約金を利用しての自主的退団は予想外でありました。

チアゴのように、バルサのトップチームに所属し、構想外にもなっていないカンテラーノが、自らの意思で退団を選んだ前例はありません。

最終的には移籍金のやり取りとなりましたが、選手側が違約金条項を利用しての移籍。これはもう、バルサ史に残る“事件”と言えるレベルでしょう。

何故、特定の条件によって9,000万ユーロの違約金が1,800万にまで一気に減る条項が契約書に盛り込まれ、それを発動させるに至ってしまったのか。それらが不可解すぎることが、この件への苛立ちを増幅させます。

一方で上手くやったのは、その条項をクラブに認めさせ、バイエルン移籍を実現したペレ・グアルディオラ代理人ですか。

友人たちとの送別会

7月14日夜、チアゴ・アルカンタラ移籍に関するクラブ間合意が成立した旨が、FCバルセロナとバイエルン・ミュンヘンによって発表されました。翌15日にはティトチームのプレシーズンが始まりますから、“駆け込み合意”がこれで成立したわけです。

実は土曜日(13日)の時点で話はほぼ付いていたけれど、そこで公表してしまうとチャビのめでたい結婚式のニュースが飛んでしまうゆえ、両クラブは1日遅らせたかもしれません。そのあたりはまあ、勝手な想像であります。

SPORT紙によりますと、ペレ・グアルディオラ代理人は14日の朝にチアゴへと電話をかけ、今日中に移籍の正式発表があるだろう、と伝えたのだそうです。

そこでチアゴは友人たちに連絡を入れ、カステルデフェルスにあるレストラン、“CASANOVA BEACH CLUB”へと彼らを“招集”しました。月曜にセルタでの入団会見が行われる弟ラフィーニャと一緒に、送別会を開くためです。その“宴”での兄の様子は、どんな感じだったのでしょうなぁ。

カンテラーノ最高額、2500万ユーロでの退団

今回バイエルンがバルサへと支払う移籍金は、2,500万ユーロだと発表されています。

7月31日まではチアゴの違約金は9,000万ユーロから1,800万ユーロに減額されているのですが、ドイツ王者はそれを払ってお仕舞いではなく、通常の選手移籍としての交渉に応じることを了承。

その結果、2,500万ユーロ+4年以内の親善試合の開催で落ち着いたのでした。

バルセロナの公式サイトでは2,500万ユーロで4年契約としか記されてはいませんが、バイエルンのウェブサイトによりますと、“バイエルンが純粋に支払うのは2,000万ユーロ。残りの一部は両チーム間で行われる親善試合の収益で支払われ、さらにチアゴ自身が給料の受け取りを諦めたことで折り合いがついた”とのことです。

年俸の一部放棄はマスチェラーノセスクがバルサ移籍の際にしたのと同じですから、それだけチアゴがバイエルン行きに熱心だったことが伝わってきます。

ある選手が退団を希望した場合、最終的には退団となるのがフットボル界の常。ですからチアゴが新天地での冒険に心を奪われた時点で、これはもう決まった結末でした。

となるとあとは、違約金が1,800万ユーロだった選手が、予想されていたよりも多い2,500万ユーロを残して去った点をどう評価するか。

将来を見込まれながらも、未完のまま終わっていたかもしれない選手と思えばまずまずの額でしょうし、彼と同クラスの若手はその額で手に入れられないと考えれば不満足でしょう。やっぱ普通は後者ですかね。

ロセイ理事会、バイエルン、チアゴはみなそれぞれ、“上手くいった”と考えてる模様。誰が一番上手くやったのかは、時間が教えてくれましょう。

ちなみにチアゴの移籍金は、カンテラーノとしてはクラブ史上最高額です(2位は1998年、ラツィオへ移籍したデラペーニャの1,500万ユーロ)。

 

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