100%カンテラーノ、サンペールに沸く

ブスケツの後継者として期待される19歳。

9月18日から19日にかけてのバルサ系メディアは、APOEL・デ・ニコシア戦にてトップデビューを果たした新星セルジ・サンペールの話題で大いに盛り上がっています。ルイス・エンリケが今季デビューさせた若者はこれでムニール、サンドロに続く3人目なのですが、最初の2人がそれぞれマドリー出身、カナリア出身だったのに対してサンペールがカタルーニャ人ということで、地元クレの嬉しさは数割増し。さらにセルジは他クラブのユニフォームを一切着ずに育った100%純ラ・マシア産選手ですし、グアルディオラ、ブスケツの系譜を継ぐピボーテでもある彼への期待値はかなりのものです。

テニスクラブからFCBエスコラへ

カンテラーノをクラブ政策として重視するFCバルセロナでは、下部カテゴリーから多くの選手がトップチームへと上がってきます。しかしFCBエスコラ(FCBスクール)から入門し、他のクラブを経験せずにトップデビューを果たした選手は、彼以前には一人として存在していませんでした。2011/12シーズンにはマルティ・リベロラという同じくFCBエスコラからバルサBへと上がった選手がチャンピオンズ第6節のBATE戦でデビューしているのですが、彼はその前にフィテッセ(オランダ)にレンタルされていて、半年ですがバルサ以外のユニを着ている。ジェラール・ピケもスクール上がりですが、マンチェスターやサラゴサでもプレーしています。

セルジ・サンペールのスポーツ経歴の始まりは、フットボルではありませんでした。彼の父上はテニスの愛好家で、兄のジョルディ(24)もテニスの選手(ATPランキングは現237位。4大大会の予選に参加するクラス)。自然の流れとしてセルジもそちらの道へと進み、Club Tennis Barcinoというクラブでプレーを始めています。父は兄と同様に、弟にもプロテニス選手になってほしかったそうです。しかし祖父のジョルディさんによって運命の進路は変わります。カンプノウで生徒募集の案内を見た彼がセルジをFCBエスコラの入校テストに連れて行き、孫はフットボル選手となったのです。セルジ6歳のことでした。

少年はFCBエスコラで2年を過ごし、8歳でバルサのベンハミンへと加入。そこからアレビン、インファンティル、カデッテ、フベニールとクラスを上げていくなかで、サンペールはそのほとんどのチームでカピタンを務めています。カデッテAではオールド・トラッフォードで開催されたNIKEプレミアカップで優勝。そして英国方面(主にアーセナル)からの甘い誘いも全て断ってカンプノウでの成功を目指し、昨シーズンはバルサBの中心選手としてセグンダ(全42試合)の40試合に出場、チーム歴代最高成績タイの3位フィニッシュに貢献しました。

ちなみにテニスは今も好きらしく、時間が許せば兄ジョルディのサポートもしているセルジ。彼のインスタグラムには、ウィンブルドン出場の準備をする兄の練習相手となっている動画が投稿されています(こちら)。

ラ・マシア選手の見本

バルサのフットボルバッセで長年コーチを務め、ベンハミンでの監督時代にFCBエスコラでプレーしていたセルジ・サンペールに目を留めたアンドレス・カラスコさんというお人がいます。現在はグルジアのFC Saburtalo でフットボルアカデミーのディレクターをしているという彼がEsports COPEのインタビューに答え、少年の頃のサンペールについて語っています。

カラスコさんによると、背が低くて痩せてもいたセルジ少年に注目し、彼をフットボルバッセで獲得した理由は、同年代の子供にしては珍しいチーム精神だったそうです。「私が彼をFCBエスコラで見た時、シュスターのようだと思いました。彼はとても目立つ選手で、とても金髪でしたからね。彼は個人プレーヤーではありませんでした。普通は誰もがゴールを決めたがるもので、彼もまた得点をしていたのですが、彼にはチームのために働こうという精神があった。それは普通じゃありません」

カラスコさんはサンペールを、「これぞラ・マシアの見本という選手。メッシのように、彼もボールをコントロールし、守る」と表現しています。セルヒオ・ブスケツの後継者とされるセルジですが、カラスコさんは2人は違った特性の選手だと言います。「ブスケツはプレッシングとボール奪取に才能を持った選手です。セルジはその点での改善が必要ですし、ラ・マシア出身の全ての選手と同じように競争力を上げなければなりません。セルジは守備面よりも、チームのオーガナイザーとしての特性を備えています

サンペールがトップデビューする姿を見て、「感無量でした。私たちは子供たちをトップチームへと上げるために働いていますから」と語ったディレクターさん。彼はサンペールはもっと良いプレーが出来る、とも述べています。「彼はもっと良くやれますよ。チームのメンバーが大幅に入れ替わっていましたし、相手チームはかなり引いていましたし、デビュー戦ですから、まあ普通のことです。表には出ずとも、内側ではナーバスになります」

そして最後にカラスコさんは、「去年タタ・マルティーノがカンテラに賭けなかったのは、カンテラを知らなかったから」だとコメント。ルイス・エンリケのような監督はカンテラに賭けるので、「人々はデビューする選手に指笛を鳴らすのではなく、声援を送るべきだ」と語っています。あとはあんまりメディアが持ち上げすぎないことですかね。最初はやはり嬉しいので、どうしても祭りに乗っかってしまうのですが^^;

トップチームでの定位置確保が次の目標

タイトルを獲得した選手からよく聞かれる「もっと大変なのはそれを維持し続けること」の台詞は、若手選手がトップチームでデビューした際にも当てはまります。2011年にペップ・グアルディオラの手によってチャンピオンズのBATE戦でトップデビューしたマルティ・リベロラは、その後ペップチームに加わることなく、その1試合出場のみでクラブを退団。現在はボローニャからレンタルされ、マジョルカでプレーしているようです。努力や運の甲斐あって、ラ・マシアからトップデビューする選手は年に数名現れる。しかしそこから3年以上カンプノウに残るとなれば、至難の業です。

セルジ・サンペールの場合は、100%ラ・マシア産カンテラーノというラベルも付いていますし、それ故のしんどさもあるでしょう。ブスケツの後継者として期待される彼。セルヒオの場合は、父がバルサのポルテーロだったという七光りを使わず、ストリートなどで雑草精神を身につけたりしていますが、純バルサ産のサンペールがどう逞しく育っていくかも気になるところです。13年間にも及ぶ選抜を潜り抜け、かつほぼ全てのチームでカピタンだったことからすれば、セルジ青年が強いパーソナリティを備えているのは確か。地に足をつけつつ、一歩ずつ名選手への道を歩んでね、セルジ・サンペール!

 

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