シウタット・エスポルティーバで行われた育成部門のプレゼンテーション式典
バルサを唯一にするスタイルは、育成部門によってもたらされていると語った会長
昨日11月6日(水)、クラブ施設シウタット・エスポルティーバ・ジョアン・ガンペルにて、FCバルセロナが世界に誇るラ・マシアのプレゼンテーション式典が催されました。創設40周年の今年はスペシャル。そこで挨拶のスピーチしたジュゼップ・マリア・バルトメウ会長は育成部門640人の少年少女たちを前に、誇らしい様子で次のように語っています。
ラ・マシアは未来の希望であり保証
「ラ・マシアは現在の自信であり、未来の希望です。私たちには努力し、選手や人間として形を成している640人の少年少女がいる。親御さんたちは安心して下さい。ラ・マシアはバルサが生き残る最良の保証であり、唯一のプレースタイルをもたらしています。ファーストチームの4人のカピタンたちがラ・マシア出身であることを、私はとても誇りに思います」
「今シーズンの育成部門プレゼンテーションは特別なものです。そのアイデンティティ(独自性)によって世界中で認められるラ・マシアが誕生し40年となったのです。フォーブス誌はラ・マシアを世界最高の学校だと評価しています」
「ファーストチームでプレーしているアンス・ファティやカルラス・ペレスのような選手たちがここにいる、それを見ると私は希望を抱くのです。現在も未来も、ハードワークです」
記念すべき40周年に危機的状況のバルサスタイル
その記念すべきラ・マシアの40周年シーズンに、カンプノウではバルサスタイルが瀕死の危機を迎えているってのはなかなかにスパイスが効いた巡り合わせです。
ラ・マシア(カタルーニャ語発音はラ・マジーア)がこの世に生まれたのは1979年。当時のジュゼップ・ルイス・ヌニェス会長により、バルセロナ市外の選手が暮らす育成寮として作られました。
元々はカンプノウ横にありましたが、ジョアン・ラポルタ会長時代にシウタット・エスポルティーバ内へと移転。ちなみに現在の選手寮の正式名称は、初代寮長の名を取ったオリオル・トルト育成センターです。
バルトメウはラ・マシアを作ったヌニェスのことを「新しい視点を持っていた人物、時代の先を行っていた」と称えているのですが、さてバルトさんは後世の会長にどのように称えられるのか。バルサのビジネスモデルを強化し、スポーツクラブとして世界で初めて年間予算10億ユーロを超えた会長とかでしょうか。
今更ながら、この数年間に失われたものの大きさを、ここ数試合のバルサを見ることで思い知らされます。
遅まきながら、というかそれでもクラブはラ・マシアの改革を行っているようなので、数年後にそれが開花することを期待することにしましょう。。。バルトが言うように、ラ・マシアが無事であればバルサはいずれ復活するはず。。。
少年選手からバルトへのお願い
そういえばこのプレゼンテーション式典の際、バルトメウのところにベンハミンに所属する3人の少年選手たちが行き、こんなお願いをしたそうです(SPORT紙)。
「会長、ネイマールを獲得して」
ずこっ!(古い)
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